DIVA

う~ん、いい曲なんだけどなぁ。
花井はイヤフォンを外し、携帯音楽プレイヤーの停止ボタンを押すと、そう言った。
ミーティングを行なうスタジオは、集合時間にはまだ間があるため、花井と阿部しか来ていない。

阿部が作曲したというバラードは、なかなかの出来栄えだった。
素朴だが、語りかけてくるようなメロディライン。
知らず知らずのうちに聞き入ってしまう、そんな曲だ。
綺麗にはまる詩がついて、イメージに合う歌手が歌い上げることができれば。
ひょっとすると時代を代表するような名曲になるかもしれない。

阿部や花井が所属するグループ「らーぜ」は9人組のヴォーカルとダンス・ユニットだ。
既存の顔立ちだけは可愛くダンスはそこそこだが、歌は下手で曲も軽薄なアイドルグループではない。
目指すのは一流のエンターテインメント。
その言葉の通り、楽曲もダンスも高い評価を受け、男女問わず幅広い年齢層に支持されている。
だが彼らは決して満足することはなく、トップアーティストとなった今も努力を惜しまない。

彼らは楽曲の作詞、作曲も、ダンスの振り付けも自分たちで行う。
メインボーカルは固定せず、曲によって変えるのだ。
まずは曲を作り、メンバーの中でそのイメージにあう声を選ぶ。
その声の主がリリックを作り、それを全員で視聴して、世に出せるかどうかを判定する。
そこでOKになって初めて、振りを付けて、歌とダンスを磨き、発売の運びとなるのだ。

阿部には、花井が「いい曲なんだけど」と言葉を濁す理由がよくわかっている。
花井、栄口、沖、巣山、田島、泉、水谷、西広、そして当の阿部。
この繊細な曲のイメージに合う声の持ち主が、今の「らーぜ」にはいない。
強いてあげれば、沖か西広あたりだろうか。
だが多分アレンジしなければ、使えないだろう。

そうなったとき、この曲はどうなるだろう。
今のままの魅力を保っていられるだろうか。
それは花井にも阿部にもわからない。
わかっていることは、ただ1つ。
100%納得出来なければ、この曲はボツだ。
決して妥協しないのが、彼らの流儀なのだ。

とりあえずこのままミーティングに出してみたらどうだ。
花井の言葉に、阿部も頷いた。
何でも話し合って決めるのもまた、彼らの流儀だ。
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