アンサンブル
あんたとなんか、やってやれるか!
阿部は捨て台詞を吐くと、楽器を抱えて教室を出た。
阿部隆也の通う学校は、吹奏楽コンクールの全国大会常連校だ。
金賞が当たり前と言われ、吹奏楽をしている高校生でその名を知らない者はいないだろう。
吹奏楽部は部員数100名超、学校の中では一番大きな部だ。
阿部は2年の吹奏楽部員で、ファゴットを担当している。
吹奏楽を知らない者にとって、ファゴットは決してポピュラーな楽器ではない。
普通はクラリネットとかトランペットなど、王道の楽器を志願する者が多いだろう。
だが阿部は最初から迷わずファゴットを選んでいた。
理由は簡単、父親がファゴット奏者で小さい頃からごく自然に手にしていたからだ。
阿部はプロの作曲家になるのが夢で、吹奏楽にはあまり興味がなかった。
それなのに吹奏楽部に入部したのは、理由がある。
この学校の1年先輩にオーボエ奏者の榛名元希がいる。
ジュニアコンクールのソロ部門で何度も賞を獲っている天才プレーヤー。
コンクールで榛名の演奏を聴いた阿部は、その音色に惚れた。
吹奏楽部では大人数編成のコンクールの他にも大会がある。
少人数のアンサンブルコンテスト、通称「アンコン」だ。
1編成あたりの人数は3~8人で、指揮者は置かない。
阿部たちの部では、部員同士で相談して編成を作り、校内コンテストで上位の組が大会に出る。
このアンサンブルコンテストで、榛名と組みたいと思っていた。
やりたい曲目も決まっている。
オーボエとファゴット、2本のダブルリードの切ない音色をコントラバスが支える木管3重奏だ。
作曲したのは、阿部の母、美佐枝。
美佐枝もまたオーボエ奏者で、父親と演奏するために作った曲だった。
幼い頃から聴かされていたその曲を、自分の手で最高のプレーヤーと演奏したかった。
榛名は一応、阿部のファゴット演奏の能力には一目置いているようだった。
昨年、一緒にやりたいと申し出た時には、快諾してくれた。
だが曲目は自分で選びたいと言う。
来年はお前の選んだ曲をやるから、今年はオレのやりたい曲でやらせてくれと言われた。
阿部は迷ったが、榛名の申し出を了承した。
結局その年はオーボエ、フルート、クラリネット、ファゴットの木管4重奏を演奏した。
オーボエのソロがやたら多い曲だった。
1年待った今年、阿部は今度こそと期待した。
だがやはり榛名は「お前の持って来た曲、イマイチなんだよな」と言い出したのだ。
結局榛名は自分のやりたい曲を譲る気がないらしい。
それに榛名と付き合っているうちに、この男の性格もわかってきた。
とにかく他人に合わせることが苦手で、自分の演奏に絶対の信念を持っている。
ここまで協調性がないことが許されているのは、その演奏能力の高さ故だろう。
あんたとなんか、やってやれるか!
阿部は捨て台詞を吐くと、楽器を抱えて教室を出た。
コントラバスの秋丸がオロオロと取り成そうとしたが、無視した。
そのまま今日は部も、早退することにした。
こんな気分で榛名の顔を見ながら吹いたって、いい演奏になるわけがない。
向かうのは、学校近くの河原だ。
近くに民家もないので、音を出していても文句を言われることはまずない。
阿部が河原に着くと、そこには先客がいた。
フワフワした茶色い髪の、小柄な少年だ。
首にかけたストラップは、手にしたオーボエにつながっている。
リードを咥えて、目を閉じて演奏している少年は、阿部には気づいていないようだった。
下手くそ。
それが阿部の最初の印象だった。
おそらくきちんと習ったこともなく、部や楽団などにも所属していないのだろう。
自己流の吹き方だったし、短いフレーズの間に何回も音を外す。
だがそれ以上に、不思議な音色だった。
どこか聴く者を惹き付けるのだ。
こいつは誰だ?
阿部は演奏に聞き入りながら、いつの間にか少年の顔を無遠慮に眺めていた。
少年は阿部と同じ制服を着ている。
阿部がそれに気付くのは、曲が終わった後のことだ。
阿部は捨て台詞を吐くと、楽器を抱えて教室を出た。
阿部隆也の通う学校は、吹奏楽コンクールの全国大会常連校だ。
金賞が当たり前と言われ、吹奏楽をしている高校生でその名を知らない者はいないだろう。
吹奏楽部は部員数100名超、学校の中では一番大きな部だ。
阿部は2年の吹奏楽部員で、ファゴットを担当している。
吹奏楽を知らない者にとって、ファゴットは決してポピュラーな楽器ではない。
普通はクラリネットとかトランペットなど、王道の楽器を志願する者が多いだろう。
だが阿部は最初から迷わずファゴットを選んでいた。
理由は簡単、父親がファゴット奏者で小さい頃からごく自然に手にしていたからだ。
阿部はプロの作曲家になるのが夢で、吹奏楽にはあまり興味がなかった。
それなのに吹奏楽部に入部したのは、理由がある。
この学校の1年先輩にオーボエ奏者の榛名元希がいる。
ジュニアコンクールのソロ部門で何度も賞を獲っている天才プレーヤー。
コンクールで榛名の演奏を聴いた阿部は、その音色に惚れた。
吹奏楽部では大人数編成のコンクールの他にも大会がある。
少人数のアンサンブルコンテスト、通称「アンコン」だ。
1編成あたりの人数は3~8人で、指揮者は置かない。
阿部たちの部では、部員同士で相談して編成を作り、校内コンテストで上位の組が大会に出る。
このアンサンブルコンテストで、榛名と組みたいと思っていた。
やりたい曲目も決まっている。
オーボエとファゴット、2本のダブルリードの切ない音色をコントラバスが支える木管3重奏だ。
作曲したのは、阿部の母、美佐枝。
美佐枝もまたオーボエ奏者で、父親と演奏するために作った曲だった。
幼い頃から聴かされていたその曲を、自分の手で最高のプレーヤーと演奏したかった。
榛名は一応、阿部のファゴット演奏の能力には一目置いているようだった。
昨年、一緒にやりたいと申し出た時には、快諾してくれた。
だが曲目は自分で選びたいと言う。
来年はお前の選んだ曲をやるから、今年はオレのやりたい曲でやらせてくれと言われた。
阿部は迷ったが、榛名の申し出を了承した。
結局その年はオーボエ、フルート、クラリネット、ファゴットの木管4重奏を演奏した。
オーボエのソロがやたら多い曲だった。
1年待った今年、阿部は今度こそと期待した。
だがやはり榛名は「お前の持って来た曲、イマイチなんだよな」と言い出したのだ。
結局榛名は自分のやりたい曲を譲る気がないらしい。
それに榛名と付き合っているうちに、この男の性格もわかってきた。
とにかく他人に合わせることが苦手で、自分の演奏に絶対の信念を持っている。
ここまで協調性がないことが許されているのは、その演奏能力の高さ故だろう。
あんたとなんか、やってやれるか!
阿部は捨て台詞を吐くと、楽器を抱えて教室を出た。
コントラバスの秋丸がオロオロと取り成そうとしたが、無視した。
そのまま今日は部も、早退することにした。
こんな気分で榛名の顔を見ながら吹いたって、いい演奏になるわけがない。
向かうのは、学校近くの河原だ。
近くに民家もないので、音を出していても文句を言われることはまずない。
阿部が河原に着くと、そこには先客がいた。
フワフワした茶色い髪の、小柄な少年だ。
首にかけたストラップは、手にしたオーボエにつながっている。
リードを咥えて、目を閉じて演奏している少年は、阿部には気づいていないようだった。
下手くそ。
それが阿部の最初の印象だった。
おそらくきちんと習ったこともなく、部や楽団などにも所属していないのだろう。
自己流の吹き方だったし、短いフレーズの間に何回も音を外す。
だがそれ以上に、不思議な音色だった。
どこか聴く者を惹き付けるのだ。
こいつは誰だ?
阿部は演奏に聞き入りながら、いつの間にか少年の顔を無遠慮に眺めていた。
少年は阿部と同じ制服を着ている。
阿部がそれに気付くのは、曲が終わった後のことだ。
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