パピーウォーカー
犬を飼う~!?
隆也は驚き、大声を上げる。
だが父も母も弟も涼しい顔で「もう決まったことだから」と受け流されてしまう。
足元では黄金色の小さな獣が尻尾を振っていた。
阿部隆也は高校3年生。
受験を終えたばかりで、見事に第一志望の大学への進学を決めた。
今は残り少ない高校生活を楽しんでいる状態だ。
4月から通う大学は、家から2時間ほどかかる。
独り暮らしをするか迷ったが、とりあえず家から通学することにした。
大学に通い始めてから、きついようなら学生寮に入ろうと思っている。
そんなある日、両親と弟と4人暮らしの家に、新しい家族が増えた。
ラブラドール・レトリーバーの仔犬だ。
母の美佐枝と弟のシュンが車でどこかへ出かけ、この犬を連れて帰ってきたのだ。
美佐枝はウキウキと「今日からウチのコよ」と笑う。
シュンが「名前はレンだよ」と言い添えた。
厳密に言うと飼うんじゃないの。1年間預かるのよ。
美佐枝はそう言いながら、仔犬を抱き上げて赤ん坊のようにあやし始める。
隆也は「何それ?」と聞き返すと、シュンが「パピーウォーカーだって」と答えた。
パピーウォーカーとは、将来盲導犬の訓練を受ける仔犬を預かるボランティアだ。
仔犬は生後約2ヶ月から約1歳までの間、家庭内で家族の一員として生活する。
愛情豊かに育てて、人間への親しみや信頼感を身につけさせるのだ。
なんでそんなの引き受けるんだよ。
思わず文句を言う隆也に、美佐枝は「ほらね」とシュンを見た。
兄ちゃんは多分反対するから、内緒にしておくことにしたんだよ。
シュンが得意気にそう言うので、隆也はムッとした。
だいたいいつもそうなのだ。
どちらかと言えば不器用な隆也に対して、シュンは世渡りがうまい。
物腰も柔らかいので、美佐枝も隆也よりシュンの方が話しやすいのだろう。
だから家の中のことはだいたいいつも隆也よりシュンが先に知っている。
それが自分のキャラなのだから仕方ないと思えるようになったのは、つい最近だ。
思春期のころは、弟ばかりかわいがられているように思えて嫌だった。
レンの世話、アンタがメインでやってね。
美佐枝は隆也に腕の中の仔犬を差し出すと、シレっとそう言った。
隆也は反射的に仔犬を受け取りながら「何で、俺!?」と抗議する。
だが美佐枝とシュンは顔を見合わせて「だって」「ねぇ~」とじゃれるような声を上げる。
お父さんと私は仕事があるし、シュンちゃんは受験生なんだから。
高らかにそんな宣言されて、隆也は「はぁぁ?」と声を上げた。
いきなり仔犬を渡されて、今日から世話をしろ?
そんな理不尽な話があるものか。
世話をするなら、これをもらって来た母か弟がするのが筋だ。
だがその瞬間、腕の中の仔犬、レンがすりすりと隆也に身を寄せてきた。
そしてつぶらな瞳で、じっと隆也の顔を見る。
まるで「世話をしてください」と懇願するような表情だ。
隆也が思わず顔を近づけると、レンはその頬をおずおずと舐めた。
うわ、すげぇかわいいかも。
レンはクンクンと隆也の匂いを嗅いでいたが、すぐにスゥスゥと寝息を立て始めた。
隆也は腕の中の無防備な生き物が、思いのほか愛らしいことに困惑する。
柔らかくて、暖かくて、ついつい目尻が下がってしまう。
じゃあよろしく。
美佐枝は隆也の様子を見て、ニンマリと笑った。
どうやら一瞬でメロメロになってしまったことを見抜かれたようだ。
まったく癪に障る。
シュンが「兄ちゃん、頑張って」というのも忌々しい。
だがこの家の面々の中では自分が一番適任だというのも否定できない。
こうなったら、ちゃんとするしかねーな。
隆也はレンを抱いたまま、2階の自分の部屋に戻るとパソコンを立ち上げた。
まずは犬の基本的な飼い方を調べるためだ。
隆也は驚き、大声を上げる。
だが父も母も弟も涼しい顔で「もう決まったことだから」と受け流されてしまう。
足元では黄金色の小さな獣が尻尾を振っていた。
阿部隆也は高校3年生。
受験を終えたばかりで、見事に第一志望の大学への進学を決めた。
今は残り少ない高校生活を楽しんでいる状態だ。
4月から通う大学は、家から2時間ほどかかる。
独り暮らしをするか迷ったが、とりあえず家から通学することにした。
大学に通い始めてから、きついようなら学生寮に入ろうと思っている。
そんなある日、両親と弟と4人暮らしの家に、新しい家族が増えた。
ラブラドール・レトリーバーの仔犬だ。
母の美佐枝と弟のシュンが車でどこかへ出かけ、この犬を連れて帰ってきたのだ。
美佐枝はウキウキと「今日からウチのコよ」と笑う。
シュンが「名前はレンだよ」と言い添えた。
厳密に言うと飼うんじゃないの。1年間預かるのよ。
美佐枝はそう言いながら、仔犬を抱き上げて赤ん坊のようにあやし始める。
隆也は「何それ?」と聞き返すと、シュンが「パピーウォーカーだって」と答えた。
パピーウォーカーとは、将来盲導犬の訓練を受ける仔犬を預かるボランティアだ。
仔犬は生後約2ヶ月から約1歳までの間、家庭内で家族の一員として生活する。
愛情豊かに育てて、人間への親しみや信頼感を身につけさせるのだ。
なんでそんなの引き受けるんだよ。
思わず文句を言う隆也に、美佐枝は「ほらね」とシュンを見た。
兄ちゃんは多分反対するから、内緒にしておくことにしたんだよ。
シュンが得意気にそう言うので、隆也はムッとした。
だいたいいつもそうなのだ。
どちらかと言えば不器用な隆也に対して、シュンは世渡りがうまい。
物腰も柔らかいので、美佐枝も隆也よりシュンの方が話しやすいのだろう。
だから家の中のことはだいたいいつも隆也よりシュンが先に知っている。
それが自分のキャラなのだから仕方ないと思えるようになったのは、つい最近だ。
思春期のころは、弟ばかりかわいがられているように思えて嫌だった。
レンの世話、アンタがメインでやってね。
美佐枝は隆也に腕の中の仔犬を差し出すと、シレっとそう言った。
隆也は反射的に仔犬を受け取りながら「何で、俺!?」と抗議する。
だが美佐枝とシュンは顔を見合わせて「だって」「ねぇ~」とじゃれるような声を上げる。
お父さんと私は仕事があるし、シュンちゃんは受験生なんだから。
高らかにそんな宣言されて、隆也は「はぁぁ?」と声を上げた。
いきなり仔犬を渡されて、今日から世話をしろ?
そんな理不尽な話があるものか。
世話をするなら、これをもらって来た母か弟がするのが筋だ。
だがその瞬間、腕の中の仔犬、レンがすりすりと隆也に身を寄せてきた。
そしてつぶらな瞳で、じっと隆也の顔を見る。
まるで「世話をしてください」と懇願するような表情だ。
隆也が思わず顔を近づけると、レンはその頬をおずおずと舐めた。
うわ、すげぇかわいいかも。
レンはクンクンと隆也の匂いを嗅いでいたが、すぐにスゥスゥと寝息を立て始めた。
隆也は腕の中の無防備な生き物が、思いのほか愛らしいことに困惑する。
柔らかくて、暖かくて、ついつい目尻が下がってしまう。
じゃあよろしく。
美佐枝は隆也の様子を見て、ニンマリと笑った。
どうやら一瞬でメロメロになってしまったことを見抜かれたようだ。
まったく癪に障る。
シュンが「兄ちゃん、頑張って」というのも忌々しい。
だがこの家の面々の中では自分が一番適任だというのも否定できない。
こうなったら、ちゃんとするしかねーな。
隆也はレンを抱いたまま、2階の自分の部屋に戻るとパソコンを立ち上げた。
まずは犬の基本的な飼い方を調べるためだ。
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