もしも西浦高校ではなく異世界に行ってしまったら

あれ?
三橋はガバッと身体を起こすと、辺りをキョロキョロと見回す。
少し前まで野球場にいたはずだ。
だけどなぜか今、三橋はいつの間にか森の中で横たわっていたのだ。

三橋廉は中学3年生。
卒業まではあと少しだ。
通っているのは、祖父が理事長を務める中高一貫校である三星学園。
何もしなくても、自動的に高校に行ける。

だけど三橋は別の高校を受験した。
両親から「三星に行かないなら、ここだけは良い」と告げられた西浦高校だ。
成績は正直言ってあまり自慢できるものではない。
だから必死に勉強して、合格を勝ち取ったのだった。

そして迎えた野球部引退の日。
行なわれるのは、3年対1、2年生の試合だ。
3年生チームの先発は三橋。
だけど雰囲気は冷ややかだった。
三橋は理事の孫だという理由で贔屓されているからだ。
ダメピッチャーのくせにマウンドを譲らない卑怯者。
三橋はそう思われており、部員たちから無視されていた。

だから高校もわざわざ外の学校を受験したのだ。
引退試合も、正直出て良いものか迷った。
だけどケジメをつけるために出席した。
もうこれで野球はやめる。
最後にマウンドに立つことを許してほしい。

だけど2回にアクシデントが起こった。
三橋が投げた後、打席に入った2年生のバットがすっぽ抜けたのだ。
打球はピッチャーゴロ。
それを捕りに行った三橋の頭を直撃した。

うわ!
三橋は短く声を上げると、その場に倒れた。
起き上がらなければと思うが、身体が動かない。
それどころか視界に広がる綺麗に澄んだ青空がだんだん霞んできた。
慌てたように「三橋!」と呼んでくれたのは、多分幼なじみの叶修悟。
だけどその他の部員たちの気配は感じない。
オレ、嫌われてたもんな。
三橋はそんなことを思いながら、意識を失った。
そして気付いたときには、森の中にいたのだ。

あれ?
三橋はガバッと跳ね起きると、辺りをキョロキョロと見回した。
そしてにわかに自分の状況を思い出す。
引退試合の最中に飛んできたバットが頭に当たって、意識が飛んだ。
だけどそれでどうして今、森の中にいる?

意識が朦朧として、家に帰るつもりで森に来ちゃった?
もしかして部員のみんなで、嫌いなオレを森に捨てた?
いやいやまさかそこまでオレに手間をかけないだろう。

そんな自虐的なことを考えた後、三橋は「へ?」と間抜けな声を上げた。
確かに意識が飛んだ時には、野球のユニフォーム姿だったはずだ。
だけど今は制服姿になっている。
これまた朦朧としながら着替えたのか、それとも誰かが着替えさせた?

三橋は中途半端に身体を起こした状態のまま固まった。
頭の中は「?」マークが飛び交っている。
いったい何が起きたのか。
ここはどこなのか?

だけど混乱する三橋に考える時間はなかった。
すぐ近くで「うわ!」と悲鳴のような声が聞こえたのだ。
よくわからないけれど、とりあえず人がいる。
そう思った三橋は慌てて身体を起こすと、声がした方へと走り出した。
そして少し走ったところで、見つけたのだ。
三橋と同じ年齢くらいの少年が驚愕した顔で、立ち竦んでいたのを。

あ、あの。
少年の背後から近づいた三橋もまた「うわ!」と叫ぶハメになった。
なぜなら2人の視線の先、10メートルのところに謎の物体があったからだ。
半透明で何だか湿っぽくて、プルプル震えている。
あれはPRGとか勇者が出てくる漫画などではお馴染みの生き物。
雑魚扱いされることも多いが、知名度抜群のあいつだ。

も、もしかして、スライム?
三橋はその物体をガン見しながら、問いかける。
するとその生き物はズルズルと自らの身体を引きずるように、こちらににじり寄ってきた。
表情もわからないのに、こちらへの敵意だけは伝わって来る。

た、退治、するべき、だよね?
三橋は座り込んでいる少年にそう聞いてみた。
少年は三橋を見ながら、コクコクと頷く。
いろいろわからないことは多いけれど、とにかく今は。
三橋は地面に落ちていた石を拾うと、謎の生物めがけて投げつけた。

こうして三橋の異世界生活が始まった。
とりあえずスライムを倒して、仲間を得て。
だけど今はまだ異世界に来たことさえ、理解していない。
前途多難なスタートとなったのだった。
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