もしも西浦高校に硬式野球部がなかったら

別に。そもそもやるつもりなかったし。
三橋はそんなことを思いながら、こっそりとため息をついた。
だがそれは完全な負け惜しみ。
思いっきり沈んだ心がその証拠だ。

三橋廉は埼玉の西浦高校に入学した。
中学は群馬、祖父が経営する三星学園の中等部に通っていた。
三星学園は中高一貫校であり、高校で他の学校に行く生徒は稀だ。
だけど三橋はあえてその稀な道を選んだ。

三星では野球部で投手をしていた。
球は遅かったし、よく打たれて、負けてばかりだった。
それでもエースだったのは、理事長の孫だったからだ。
自分のせいで、みんなが野球を楽しめない。
そう思った三橋は、埼玉の高校に進んだのである。

野球はもうしないつもりだった。
中学ではいくら負けてもエースを譲らない三橋には、風当たりが強かった。
露骨にイジメられるようなことはなかったが、必要以外の会話はしてもらえなかったのだ。
つまり緩やかに無視されていたのである。
それは結構つらくて、寂しかった。
あんな思いはもうしたくない。
それにみんなを不愉快にした自分が野球をする資格はないと思った。

それならば、何か別の部に。
三橋は漫然とそんなことを考えていた。
身体を動かすのは好きなので、運動系の別の部に入ろうと。
だがオリエンテーションで部活を一通り見て回った三橋は愕然とした。
野球部がなかったのだ。
この学校の部活の一覧表を何度も見返したが、やはりない。

別に。そもそもやるつもりなかったし。
三橋はそんなことを思いながら、こっそりとため息をついた。
心のどこかでは期待していたのだ。
野球部に入って、また投手をすることを。
エースじゃなくていいし、試合に出られなくてもいい。
ただ投げられればそれでいいと思っていたのだ。

けどこれで野球、やらないですむ。
三橋は自分にそう言い聞かせた。
甘い夢はもう見ない。
ここからは野球なしの日々の始まりだ。

結局、三橋はどこの部にも入らなかった。
野球より一生懸命になれる気がしなかったからだ。
そうこうしているうちに、クラス内にはいくつかのグループができていた。
内気な三橋は誰にも声をかけられず、締め出されたような感じだ。
1人ぼっちで、ただ家と学校を往復する日々
これはこれで平和だし、卒業までは静かに過ごせる。

唯一の未練はポケットに忍ばせたボールだった。
中学で使い慣れた軟式のボール。
三橋はそれを持ち歩き、ヒマさえあればいじくり回していた。
それくらいは許して欲しい。
気持ちが吹っ切れるまで、お守りとして持っていたい。

だけど転機は唐突にやって来た。
知らない男子生徒に声をかけられたのだ。
君、いつもボール持ってるよね?
三橋は訳も分からずにただコクコクと頷いた。

それが始まりだった。
そこから三橋の高校生活は、思いもよらない方向に転がり始めたのである。
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