SecondStory

ハァァ。やってらんねぇ!
阿部は思い切り不満をぶちまけると、缶入りのビールをゴクゴクと飲んだ。
三橋は「そんなに飲むと、太るよ」と茶化しながらも、表情は沈みがちだった。

県立西浦高校、硬式野球部。
その記念すべき初期メンバーである阿部隆也は、高校卒業後、大学でも野球を続けた。
だがプロへ行くほどの力はなく、大学卒業後は一般企業に入社。
そして5年勤めたところで退社し、父親が経営する小さな会社に入社した。
これは予定通りのことだった。
いずれは父の会社を継ぐことになっており、5年間は社会勉強のつもりだった。

だが予定通りではないことも起こった。
母校である西浦高校野球部の監督にならないかと、打診されたのである。
声をかけたのは、百枝まりあ。
阿部が在学中から監督を勤めてきた女性だ。
そろそろアラフォーが見えて来た彼女は、体力的にもしんどいのだと言う。

話を受けた阿部は、即座にことわった。
もちろん嬉しい気持ちはある。
かつての恩師が自分を見込んでくれたことは、こそばゆくもあるが誇らしい。
それに再び野球に関われるというのも、魅力的だった。

だが現実問題として無理だ。
前の会社から父の会社に移ったばかりで、覚えなければならないことがたくさんある。
そもそも自分は監督向きの性格ではないと思う。
高校時代に副主将は務めたが、それは花井という主将向きのやつがいたからこそだ。
だがこの話を阿部以上に喜んだのは、阿部の父だった。

いいじゃないか。やれよ。うちのことなら融通も利かせられるしな。
父はあっさりとそう言った。
まぁ確かに小さな会社だし、何とでもなるのは事実だろう。
何より父も野球好きであり、面白がっているのがわかる。
いいのかよ、そんなんで?
阿部は思わず文句を言ったが、父は豪快に笑うだけだ。

実は阿部の父、隆は単に面白がっていただけではなかった。
部員たちを指導して、一丸となって、勝利を目指す。
これは得難い経験であり、将来息子が社長を継ぐときに役に立つと考えたのだ。

阿部は迷った末に、監督になることを了承した。
百枝同様、仕事と監督業、二足のわらじを履くことになったのだ。
そしてかつてのエースであり、現在は自営業の三橋に助けを求めた。
三橋も迷ったようだが、最終的には阿部を補佐するコーチを引き受けてくれた。

阿部監督の初仕事は、新入部員のセレクションだった。
県立高校でありながら、西浦高校野球部のレベルは高い。
残念ながら甲子園に行けたのはたった1度だが、関東大会までなら何度か行っている。
シニアなどで活躍した選手にすれば、いい狙い目だった。
そこそこ強いし、レギュラーも狙いやすい。
なんなら自分の力で甲子園になどと考える頼もしい者もいる。

だがその前には、残酷な作業がある。
私立の強豪校に比べれば、練習環境は恵まれていない。
つまり大人数を受け入れる余裕がないのだ。
今のグラウンド状況だと、1学年10名程度がやっとだ。

そこで阿部は心を鬼にして、入部希望の生徒のセレクションを行なったのだ。
これは前監督の百枝もある時期からやっていたことで、かなりシンドい作業だと聞いていた。
そしてそれはその通りだった。
野球をしたいと望む生徒を、締めださなければならない作業なのだ。
入部テストを行ない、入部希望者全員のデータをチェックした。
一緒に立ち会った三橋もつらいようだが、一生懸命顔を引き締めていた。

入部テストの後、阿部は三橋邸にやって来た。
ここで全てのデータをチェックし、また1人1人の印象について話し合う。
そして合格者10名を決めて、明日発表するのだ。
はっきり言って、選ぶだけなら簡単だ。
少し見れば、野球の実力はだいたいわかる。
今日くらい入念にテストをすれば、性格や西浦の野球に馴染めるかどうかもある程度わかる。
そして部員を選び終えるなり、阿部は酒を飲み始めた。

ハァァ。やってらんねぇ!
阿部は思い切り不満をぶちまけると、缶入りのビールをゴクゴクと飲んだ。
本当に、飲まなきゃやってられない気分だった。
明日部員になれるのか、振り落とされるのかを言い渡さなければならない。
それが憂鬱でたまらないのだ。

そんなに飲むと、太るよ。
三橋は敢えて軽い口調でそう言ったが、表情は暗い。
缶入りのチューハイを飲みながら「でも、よかった」と言う。
阿部が「何が?」と聞き返した。
すると三橋は「オレらの頃にこんなテストあったら、オレ、野球部に入れてないよ」と答える。
阿部は「あ~、オレもそうかも」と答えると、またビールを飲んだ。

阿部君、いや、監督は入れてるよ。
三橋は昔の呼び方を改めながら「ウヒ」と高校の頃から変わらない笑顔を見せた。
阿部も「オレもコーチってよばないとな」と笑う。
だけどやはり切ない気分は抜けなくて、2人は夜遅くまで酒を飲んだ。
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