Heart Delivery2

ったく、ふざけるなってんだよ!
泉はイライラと悪態をつきながら、アクセルを踏み込む。
それを聞いていたた配送助手の青年は、ビクッと身体を震わせた。

泉孝介は、宅配便の配送員である。
勤務先は業界最大手の三星運輸。
毎日トラックを駆り、荷物を届ける仕事だ。

仕事はすごく忙しい。
いや、それはかなり控えめな表現だ。
宅配便には時間指定というものがあり、少しでも遅れると怒る客もいる。
そのためにスケジュールは分刻みで、時間に追いかけられるような毎日だ。
担当分を最短ルートで回って、すべて配達できれば、半日で終わる配送。
だが実際は留守の家も多く、時間指定があるから何度も同じところを走らなければならない。
食事を摂れないこともよくあり、車には常に菓子パンやスナック菓子を常備している。

1人で回ることが多い泉だったが、今日は助手が付けられた。
アルバイトに採用されて、研修がてら実務経験を積ませることになったのだそうだ。
大学生みたいな若い男で、どうも内気で人見知りらしく、キョドキョドと落ち着きがない。
それでも泉が指示をすれば、未経験のバイトとは思えないほどちゃんと業務をこなした。
戦力になるなら、ありがたい。
黙々と配送先を回り、荷物を届けていった。

次はこのマンション。2階と3階の2件だな。
ここ、台車は使えないんだ。
ガラガラって音がうるさいから使うなって、会社にクレームが来たんだってさ。

泉はアルバイト助手にそう説明すると「お前、2階を頼むな」と指示した。
助手の青年は「はい!」と元気よく返事をすると、荷物を抱えてマンションのエントランス前のパネルのボタンを押した。
相手は部屋にいてくれたらしい。
助手の青年が「み、ほし、運輸、です!」と吃音気味だが大きな声でそう告げると、オートロックが開いた。

それを見届けた泉は、同じくパネルボタンを操作して3階の部屋を呼び出した。
実はこの荷物は3回目の配送だ。
1回目の配送時は不在、それから連絡が来て日時を指定されたが、それでも不在だった。
それっきりになっていたので、今日また持って来てみたのだ。
だが部屋番号を押しても反応がなく、またしても不在のようだ。

仕方なく不在連絡票を書き込むと、郵便受けに放り込んだ。
トラックに戻り、携帯端末にもその情報を打ち込む。
そこへ助手の青年が戻ってきた。
こちらは無事に配達ができたようだ。
彼が乗り込んだところで、泉はトラックを発進させた。

ったく、ふざけるなってんだよ!
泉はイライラと悪態をつきながら、アクセルを踏み込む。
それを聞いていたた助手の青年は、ビクッと身体を震わせた。
慌てて「あ、わりーな」と詫びると、彼は「だ、だいじょ、ぶ」と引き攣った笑いを浮かべた。

ゴメンな。この仕事ってストレス溜まるんだ。
再配達やら、時間指定やら、気ぃ狂いそうになる。
一生懸命やってるつもりなんだけど、クレーム多いしな。
だからこうやって車ん中で叫んで、ストレス解消してる。
客の前では笑顔、それが配送員のモットーだからな。

泉はそう言いながら、我ながら恥ずかしいことを言っていると思った。
だが普段は1人、孤独に黙々と荷物を届ける仕事なのだ。
同僚の中には、手抜きでいいかげんなことをしているヤツもいることは想像がつく。
だが泉はこの仕事に誇りもプライドも持っている。
珍しく一緒に誰かがいる今、それを語りたくなったのだ。
この助手の青年も仕事に対して誠実なことが、伝わってくるせいかもしれない。

今、オレが配達に行った浜田って客、もう3回目の配送なんだ。
いっつもそんな感じ。
だからイラッとしてたんだけど、最近コイツ、オレんちの近くの牛丼屋でバイトしてることに気付いてさ。
そこも客が多いのに、バイトが少なくて、必死に働いてたんだ。
それ見ちゃったら、本人には怒るに怒れねーよ。
こいつにはこいつの事情があるんだろうってな。

泉は自分のことから、荷物の配達主へと話題を変えた。
個人情報云々に触れるのかもしれないが、あくまで雑談だ。
それにこの吃音気味の助手が、外でペラペラ喋るようなヤツでもないだろう。

泉、さん、浜田、さん、が、好き、なんです、ね。
助手の青年が唐突にそんなことを言い出した。
泉は慌てて「そんなんじゃねーよ!」と叫ぶ。
そして赤く火照ってしまった顔を誤魔化すように、トラックのスピードを上げたのだった。
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