さよなら、スーパームーン

せっかく、の、スーパームーン、なのに。
廉は残念そうにサンルームで体育座りしながら、雨空を見上げている。
隆也はそんな廉の横顔を見ながら、話を切り出せずにいた。

廉と隆也は、子供の頃から近所に住んでいる幼なじみだ。
幼稚園から中学までは同じ学区だった。
そして高校も、一緒に近所の県立高校に進んだ。
マイペースな廉に、面倒見のいい隆也。
いつしか当たり前のようにいつも一緒にいる2人は、周囲からは「まるで兄弟のようだ」と言われている。

もっぱら学校が終わってからは、隆也が廉の家に来ることが多かった。
隆也の家は自宅で商売をしているし、弟もいる。
でも廉は両親とも夜遅くまで働いているし、兄弟もいない。
小さな子供の頃は、廉が1人でいるのは寂しいだろうと、隆也は頻繁に廉の家に通った。
高校生になる頃には、隆也は自宅より廉の家の方がのんびりできると思えるようになっていた。

だが1年ほど前、悲劇が起きた。
あれはスーパームーンの夜だった。
廉の家の2階には、壁がガラス張りになっているサンルームがある。
例によって廉の両親がいないその夜、隆也と廉は天体観測よろしく夜のサンルームにいた。

月、大きい!綺麗!
廉はサンルームから見える、通常よりも大きな月を指さして喜んだ。
隆也はそんな廉の横顔を見ながら、かわいいと思った。
少年から青年に変わるこの時期、廉は未だに少年のままの姿だ。
大きな目やふっくらとした頬、フワフワとしたクセのある髪。
隆也はそんな廉を、恋愛対象として意識していた。

そんな相手と、スーパームーンを見ながら2人きり。
隆也の心は揺れていた。
このまま肩を抱き寄せたら。キスをしたら。
廉との関係は、どんな風に変わるのだろう。
だが悶々と悩む隆也は、結局何もできなかった。
廉の携帯電話が鳴ったからだ。
それは警察からで、帰宅しようとしていた廉の両親が事故に巻き込まれたという電話だった。

廉の両親がそんな風にして亡くなった後、廉は広い家で一人暮らしを始めた。
隆也も廉も高校2年生、そろそろ進路を考えなければならない時期だ。
そんなときに転校や引っ越しはよくないという、廉の祖父母の判断だった。
父方の祖父母は群馬で学校を経営しており、まぁまぁの資産家なのだ。
家事は通いの家政婦を雇い入れることでこなし、廉は広い家に1人で暮らしている。

そして隆也と廉は3年生になり、廉の両親の1周忌も過ぎた。
隆也の両親が「廉君をうちで引き取れないか」と言い出したのは、そんな頃だ。
1人暮らしは大変でしょう?
うちで面倒を見てあげるのがいいと思うんだけど。
廉君さえよければ、うちの養子になってもらったらいいんじゃない?

それを聞いた隆也は、素直に喜んだ。
同じ大学に行くために、連日2人で受験勉強をしている。
一緒に行けるのは、友人なら大学までだ。
だが廉が養子としてうちに来るならば、一生縁が切れずにいられる!

私たちから廉君に言う前に、お前からそれとなく聞いてみてくれよ。
父からそう言われた隆也は、完全に浮かれていた。
折しも明日は、またスーパームーンだ。
廉とずっと一緒にいたい。
いつもより大きな月は、そんな隆也の願いをかなえてくれる気がする。

そして約1年振りのスーパームーン。
残念ながら雨のために月は見えず、廉は残念そうに暗い夜空を見上げている。
隆也はそんな廉の横顔を見ながら、話をうまく切り出せずに迷っていた。
今は見えないスーパームーンは、オレの願いを叶えてくれるのだろうかと。
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