サイン

三橋君、これにサインしてくれない?
そう言われて、色紙を差し出されて。
三橋は大いに困惑した。

夏の大会の最初の試合、桐青戦の2日後。
昨日は熱を出して寝込んでしまい、三橋は学校を休んだ。
そして試合後初めて登校した朝の部室で、マネジの篠岡に数枚の色紙を差し出されたのだ。

学校に来たばかりで悪いんだけど。
三橋君のサインをもらってくれって、うちのクラスの子に頼まれちゃって。
桐青のような強豪校に勝ったことで、野球部の知名度は一気に上がった。
しかもある程度目立った選手にはファンまで出来てしまったのだ。
篠岡は「昼までにお願い」と言い残して、去っていった。

サインって何を書けばいいの?
こういうのって芸能人とか有名人がするものではないの?
後に残された三橋は色紙を手に呆然とした。


俺のサインはこんな感じだぜ!
不意に横にいた田島が、三橋の鞄から勝手に何かのノートを取り出し、サラサラとペンを動かす。
ほんの数秒で、字なのか模様なのかわからない図形が完成した。
どこをどうすればそれが「田島悠一郎」と読めるのかはわからない。
だが確かに一般にイメージする有名人のサインみたいな感じにはなっている。

田島君は、すごいな!
三橋は心からの尊敬を込めて、言った。
オレはいつかプロになるから、このノートは値打ち出るぜ、ゲンミツに!
うお!ホントにすごい!と三橋は目をキラキラさせながらノートを受け取る。
田島はいつもの豪快な笑顔で、三橋の賛辞を受け止めた。

ねぇ、サインってどう書けばいいの?
読めなくてもいいんだよ。三橋しか書けなくて、でも三橋はスラスラ書けないと駄目だ。
そっかぁ、田島君もサイン頼まれた?
ああ、オレも昨日何枚か色紙書いた!

微笑ましくも疲れる三橋と田島のやり取り。
他の部員たちはガックリと肩を落とし、はぁぁとため息をつきながら聞いていた。
オレはなれてると、泉だけが平然としている。
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