マスク

「ご、ごめん、なさい。。。」
三橋がビクビクとあやまっている。
阿部はそれを見ながら「やってしまった」と思った。

新型ウィルスが日本のみならず、世界中で蔓延している。
西浦高校野球部も少なからずその影響を受けていた。
大会は春も夏も中止になった。
いや正確には夏の大会はあるのだが、出るのは数少ない招待校のみ。
多くの球児にとってはないと同じである。
練習試合も組めないし、普段の練習さえ制約がつく。

部員たちは何とか今できる練習をしている。
大きな声を出して、一生懸命士気を上げて。
それでもどうしてもテンションは落ちるのは避けられない。

3年生がいない西浦はまだ幸運なんだよな。
阿部はそう思うことで、自分をなぐさめていた。
高校の3年間は短い。
その中で最後の集大成というべき夏の大会がなくなったら。
想像するだけで、悔しいし悲しい。

そんなある日の放課後の練習前のことだった。
阿部が部室で着替えていると、三橋と田島が駆け込んできた。
それを見た阿部は「何だ、それ?」と聞いてしまう。
すると田島から「キメツ、知らねーの?」と驚いたように問い返された。

田島と三橋はお揃いのマスクをしていたのだ。
それも緑と黒の市松模様、今日本で大流行中のアニメを思い出させる柄だ。
マスクが必須な今のご時世。
だけど今朝まで2人はごく普通の白いマスクをしていたのだ。

「あ、阿部、君の、分も、あるよ!」
三橋がカバンの中から同じ柄のマスクを取り出し、阿部に差し出す。
だが阿部は受け取らなかった。
この状況下で楽しそうな三橋と田島に、妙に腹が立ったのだ。

「こんな時にお気楽だな。」
阿部は三橋をジロリと睨んでそう言った。
三橋がマスクを持った手を引っ込め「ご、ごめん、なさい」と俯く。
そのビクビクと怯えた様子に、阿部は「やってしまった」と思った。
こんな状況でストレスが溜まっていたのだ。
八つ当たりと言われても、仕方がない。

「何だよ、その言い方!」
強い口調で言い返してきたのは、三橋ではなく田島だった。
だが阿部は着替え終わっていたのを良いことに、部室を出た。
わかりやすく逃げたのだ。
自分の方が悪いのはわかったけれど、素直にゴメンとは言えなかった。

「阿部。ちょっと」
阿部の後を追うように、部室から出てきたのは花井だった。
栄口も一緒だ。
2人の咎めるような表情に、阿部はこっそり覚悟を決めた。
さすがに今の所業は見過ごしてもらえないようだ。
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