平成から令和へ

「マジか!?」
阿部の情けない声がリビングに響く。
だが三橋は真面目な顔で「マジ、です」と答えた。
正直かわいそうな気はするけれど、やはり阿部には健康でいて欲しいのだ。

もうすぐ元号が変わる。
だから街はなんとなくお祭りムードだ。
デパートやスーパーなどでは「改元セール」なるものをやっている。
また元号が入った限定商品も店頭やネットでよく見かけるようになった。

だが阿部と三橋が暮らすマンションの食卓に、特別感はない。
ご飯と野菜たっぷりの味噌汁、そして煮魚と鶏むね肉のソテー。
ごくごく普通の食事だが、阿部は情けない顔になった。
理由は簡単、昨日までの食事に比べて圧倒的に量が少ないのである。

「なぁ、せめてビール」
「ダメ、です!」
「1本だけでも?」
「ダメ!」

阿部は懇願するが、三橋はピシャリと跳ねのけた。
まるで捨てられた子犬のような目に思わず心が揺れる。
ビール1本くらいなら、構わないじゃないか。
だが今日は記念すべき令和の初日、いきなり折れてしまうのもあんまりだ。

事の発端は、阿部の体型だった。
卒業し、野球をやめた頃から、阿部の身体は変わってきた。
ぶっちゃけ太り始めたのだ。
阿部曰く「どうやらオヤジの体質が遺伝した」とのこと。
確かに食事の内容は、三橋とほとんど変わらない。
だが阿部だけ体重が増え、顔も身体も見るからに丸みを帯びてきた。

このままじゃまずい。ダイエットしないと。
阿部は口ではそんなことを言いながら、何もしない。
三橋は最初は笑っていたけれど、本気で心配になってきた。
何しろ時が経つにつれて、阿部はわかりやすく丸くなっていくのだ。
見た目はどうなろうと阿部は阿部だが、このままでは遠からず健康を害するような気がする。
そして新元号が発表された日、三橋はついに宣言した。

「阿部、君!令和に、なったら、ダイエット、だ!」
「ハァァ!?」
「決めた!反論は、なし!」

三橋は有無を言わせなかった。
そしてそこから実際の改元までは、本やネットでレシピを勉強しまくったのだ。
とにかく量があってカロリーが低くて、バランスよく栄養が取れる食事。

かくして令和初日、その成果であるメニューが食卓に並んだ。
それを見た阿部が情けない表情になったが、無視だ。
物足りないのだろうけど、ここは譲れない。
阿部に身体を壊されるくらいなら、恨まれた方がマシだ。

「うまそぉ!」
さっそくテーブルに向かい合い、三橋は声を張り上げる。
阿部は半ばヤケ気味に「うまそぉ!」と叫ぶと箸を取った。
だがここで終わりじゃない。
三橋はバクバクと食べ始めた阿部に「少しずつ、よく、噛んで」と注意した。

平成から令和へ。
末永く幸せに過ごすためのささやかな一歩。
ダイエットレシピに込めた三橋の想いは、阿部に伝わっているだろうか。
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