誕生日のサンタクロース

仕方ないんだ。子供じゃないんだから。
三橋廉はため息をつきながら、手の平の上でボールを転がした。

大学を卒業して、就職して早数年。
三橋は都内某所に部屋を借りて、会社勤めをしている。
野球はもう単なる趣味になった。
2週間に1度、日曜日に草野球チームで投げる。
高校や大学の頃と比べてコントロールはまぁまぁ保てているが、球威はかなり落ちたと思う。

三橋は高校、大学とバッテリーを組んでいた阿部と一緒に住んでいる。
表向きはルームシェア、だけど本当は恋人との同棲だ。
勤める会社は違うけれど、同じ部屋に帰る。
こうして秘かに愛を育んでいるはずなのだが。

今日は三橋の誕生日なのだ。
だけど阿部の会社はどういうわけかこの時期、忙しいらしい。
学生の頃からの習慣は、日付が変わってすぐにメールをくれること。
これは今も変わらない。
だけど一緒に住んでいるのに、メールで「おめでとう」と言われるのは、寂しいものだ。

今日も帰れないのか。
三橋は1人寂しく、ベットに入った。
起きて待っていたかったが、阿部にはそれはするなと言われている。
三橋が寝不足になって、体調を崩さないように。
阿部はそういうところでは、優しくも厳しい男なのだ。

そして目が覚めた瞬間、手の中には野球のボールがあった。
そんじょそこらの安いヤツではなく、日本プロ野球機構公認の公式球だ。
阿部は三橋が眠った後に帰って来て、起きる前に出かけたようだ。
ここ2、3年、誕生日の朝はいつもこうだ。
もしかしたらこれを三橋の手に握らせるためだけに、帰ってきたのかもしれない。

こんなサンタクロース、全然嬉しくない。
それが三橋の記念すべき日の第一声だった。
いや嬉しくないことはない。
阿部なりに三橋が喜ぶものをと考えた結果なのだろうし。
それに花束なんか贈られるよりは、この方がはるかにいいけど。
でもやっぱり誕生日という特別な日には、一緒にいたいのだ。

仕方ないんだ。子供じゃないんだから。
三橋廉はため息をつきながら、手の平の上でボールを転がした。
日付が再び変わる前に阿部の顔が見られれば嬉しいけど、仕事となればそうはいかない。

今年の誕生日は土曜日なのだが、阿部は今日も仕事だ。
三橋はもう1度誕生日らしからぬため息をつくと、もう1度ベットに身を沈めた。
今年の誕生日は、不貞寝にする。
前向きではないけれど、一番祝ってほしい人がいないのだから関係ない。
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