弱くても勝てます
あれ?水谷は?
練習後、例によって野球部全員が立ち寄ったコンビニ。
家に帰るまでの栄養を補給しているとき、ふとそんな声がした。
だけど阿部はその意味も、それが栄口の声だということさえ認識していなかった。
このときの阿部は、三橋が何を食しているかをチェックすることに集中していたのだ。
速攻で帰ったぜ。何かドラマの録画予約を忘れたってさ。
花井が答えたのも、完全にスルーだ。
三橋がアイスを食べているのを見て、どうせなら身体にたまるものを食えと憤っていたからだ。
ようやくその言葉の意味を考えたのは、三橋がその会話に加わったからに他ならない。
あの、ドラマ、おも、しろい!
三橋がそう言ったのを見て、ようやくその話題について思い至った。
それは最近放送されているテレビドラマ。
弱小高校野球部が1年間だけその学校に赴任した教師と共に、甲子園を目指すお話だ。
県立高校で新設したばかりの硬式野球部という西浦とは、共通項も多い。
だから部員たちはほぼ全員、このドラマを見ているようだ。
阿部も見なよ!面白いから!
ドラマが始まった当初、阿部は水谷に散々勧められた。
だけどこれに限らず、阿部はドラマなどまったく見ない。
作り物のお話に、いちいち一喜一憂する理由がわからないのだ。
これを言うと、家族も他の部員たちも「冷めてる」とか「信じられない」と言う。
だけど興味を持てないものは、どうしようもない。
この前、試合、すごかった!
アイスを食べ終わった三橋が、両手の拳を握りしめながら、ドラマの話をする。
うん、すごかったな!
すかさず答えてやるのは、いつもの通り兄ちゃんよろしく三橋の隣に座る田島だ。
根が真っ直ぐな2人は、ドラマをありのままに受け止め、素直に感動する。
阿部とはまさに正反対のリアクションだった。
負け、ちゃって。残念、だ!
だよな~!すんなり勝たないのが、妙にリアルだよな。
そう、だね。勝つの、大変。
もうすぐ最終回なのも、残念だよな。
三橋と田島が楽しそうに会話している。
田島が三橋の肩に腕を回しながら「今日のも楽しみだな!」と笑った。
一見すると、兄ちゃんからの少々過剰な、しかしほのぼのしたスキンシップ。
だがあんな風に自然に三橋に触れられない阿部としては、何だか面白くない。
だから思わず、その会話に参戦してしまう。
何がリアルだよ。思いっきり軟球使ってるじゃねーか。
それは阿部の率直な感想だった。
三橋があまりにも面白いと言うから、実はときどきチェックしていたのだ。
だけど阿部は、野球のシーンで出てくるボールが気になって仕方ない。
少なくても俳優がボールを打ったり、捕ったりしているシーンは全て軟式の球を使っているのだ。
効果音などで誤魔化しているが、ゴロのボールの跳ね方などを見れば一目瞭然だ。
そ、そう、か。阿部君、すごい!
いきなり乱入した阿部の意見にも、三橋は素直に感心している。
そういうのは気付いてもスルーしとけよ!
おそらく気が付いていた田島は、無粋な意見に文句を言う。
阿部、ドラマ見ないんじゃなかったの?
不思議そうな表情で、そう聞いてきたのは西広だ。
その横で沖と巣山が「そうだよな」と頷いている。
三橋が見るモンは、チェックするってか?
冷やかに割り込んできたのは「兄ちゃんその2」泉だ。
意地悪そうな目で、ニヤニヤと笑うのが気に入らない。
別に。弟が見てたのを、たまたま見ただけだ。
阿部はそう誤魔化して、そっぽを向けた。
泉の意見は見事に確信をついていて、阿部は懸命に動揺を隠した。
背中越しに泉の「ふ~ん」という声が聞こえる。
さらに田島が「阿部、心が狭い!」と文句を言う声が重なった。
弱くても勝てます?
いや三橋の兄ちゃんずには、強くたって勝てない。
【終】
練習後、例によって野球部全員が立ち寄ったコンビニ。
家に帰るまでの栄養を補給しているとき、ふとそんな声がした。
だけど阿部はその意味も、それが栄口の声だということさえ認識していなかった。
このときの阿部は、三橋が何を食しているかをチェックすることに集中していたのだ。
速攻で帰ったぜ。何かドラマの録画予約を忘れたってさ。
花井が答えたのも、完全にスルーだ。
三橋がアイスを食べているのを見て、どうせなら身体にたまるものを食えと憤っていたからだ。
ようやくその言葉の意味を考えたのは、三橋がその会話に加わったからに他ならない。
あの、ドラマ、おも、しろい!
三橋がそう言ったのを見て、ようやくその話題について思い至った。
それは最近放送されているテレビドラマ。
弱小高校野球部が1年間だけその学校に赴任した教師と共に、甲子園を目指すお話だ。
県立高校で新設したばかりの硬式野球部という西浦とは、共通項も多い。
だから部員たちはほぼ全員、このドラマを見ているようだ。
阿部も見なよ!面白いから!
ドラマが始まった当初、阿部は水谷に散々勧められた。
だけどこれに限らず、阿部はドラマなどまったく見ない。
作り物のお話に、いちいち一喜一憂する理由がわからないのだ。
これを言うと、家族も他の部員たちも「冷めてる」とか「信じられない」と言う。
だけど興味を持てないものは、どうしようもない。
この前、試合、すごかった!
アイスを食べ終わった三橋が、両手の拳を握りしめながら、ドラマの話をする。
うん、すごかったな!
すかさず答えてやるのは、いつもの通り兄ちゃんよろしく三橋の隣に座る田島だ。
根が真っ直ぐな2人は、ドラマをありのままに受け止め、素直に感動する。
阿部とはまさに正反対のリアクションだった。
負け、ちゃって。残念、だ!
だよな~!すんなり勝たないのが、妙にリアルだよな。
そう、だね。勝つの、大変。
もうすぐ最終回なのも、残念だよな。
三橋と田島が楽しそうに会話している。
田島が三橋の肩に腕を回しながら「今日のも楽しみだな!」と笑った。
一見すると、兄ちゃんからの少々過剰な、しかしほのぼのしたスキンシップ。
だがあんな風に自然に三橋に触れられない阿部としては、何だか面白くない。
だから思わず、その会話に参戦してしまう。
何がリアルだよ。思いっきり軟球使ってるじゃねーか。
それは阿部の率直な感想だった。
三橋があまりにも面白いと言うから、実はときどきチェックしていたのだ。
だけど阿部は、野球のシーンで出てくるボールが気になって仕方ない。
少なくても俳優がボールを打ったり、捕ったりしているシーンは全て軟式の球を使っているのだ。
効果音などで誤魔化しているが、ゴロのボールの跳ね方などを見れば一目瞭然だ。
そ、そう、か。阿部君、すごい!
いきなり乱入した阿部の意見にも、三橋は素直に感心している。
そういうのは気付いてもスルーしとけよ!
おそらく気が付いていた田島は、無粋な意見に文句を言う。
阿部、ドラマ見ないんじゃなかったの?
不思議そうな表情で、そう聞いてきたのは西広だ。
その横で沖と巣山が「そうだよな」と頷いている。
三橋が見るモンは、チェックするってか?
冷やかに割り込んできたのは「兄ちゃんその2」泉だ。
意地悪そうな目で、ニヤニヤと笑うのが気に入らない。
別に。弟が見てたのを、たまたま見ただけだ。
阿部はそう誤魔化して、そっぽを向けた。
泉の意見は見事に確信をついていて、阿部は懸命に動揺を隠した。
背中越しに泉の「ふ~ん」という声が聞こえる。
さらに田島が「阿部、心が狭い!」と文句を言う声が重なった。
弱くても勝てます?
いや三橋の兄ちゃんずには、強くたって勝てない。
【終】
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