名前呼び

ピッチャー班って、いきなり名前呼びしてたよな?
栄口の言葉に頷きながら、阿部はあの日のことを思い出していた。

夏合宿の一環で行なった甲子園遠征。
埼玉に戻った西浦高校野球部の面々は、また練習の日々だ。
そして今日は練習後、花井と阿部、栄口の主将トリオは3人で部室に残っていた。
こうしてたまに3人で集まり、積み残した課題や新たな問題などがないか確認する。

ピッチャー班って、いきなり名前呼びしてたよな?
ひと通りの打ち合わせを終えた後、ふと思い出したようにそう言い出したのは栄口だ。
そう言えばそうだったな、と阿部も頷く。

4校での合同練習でポジション毎の班に分かれたとき、阿部は秘かに心配した。
言葉が上手く出ない三橋が押しの強い関西の野球少年たちに入って、大丈夫かと。
だが三橋はちゃんと意思疎通をしていたし、しかも最後には「レン」と名前で呼ばれていた。
よかったと思う反面、忌々しくもあった。
阿部と三橋は未だに、名前呼びどころか日本語のコミュニケーションも怪しいのだ。
他の人間とたった1日でああまで打ち解けられると、自分が悪いような気になるではないか。

投手は変わり者が多いってことじゃねーの?
阿部はあのとき感じた忌々しさを思い出すと、吐き捨てるようにそう言った。
これは自分1人の感想ではない。
キャッチャー班で一緒だった桃李の石田だって、同じことを言っていた。
共感してくれる捕手は、他にもたくさんいるはずだ。

そうかもしれないけど。いやそういうことじゃなくて。
うちってどうして名前呼びにならないかなと思ってさ。
栄口が苦笑しながら、また口を開いた。
どうやら三橋個人のことを話題にしたかったわけではないらしい。
阿部は少々拍子抜けした気分で、栄口の言葉の意味を考えた。
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