葉桜デート

三橋が前方の景色を見ながら「綺麗だね」と言った。
阿部もまた同じ方向を見ながら「そうだな」と答える。
その言葉が合図であったように、阿部は隣に立つ三橋の手を握った。
つながる三橋の右手と、阿部の左手。
そして2人は並んで歩き出した。

ここ地元では有名なお花見スポット。
400メートル程のプロムナード、道の片側には約50本の桜の巨木が並木を作っている。
桜の時期には美しい景観で、花見をする人々でたいそう賑わう。
だが今日は三橋と阿部以外の人影は見えない。
駅からも遠く、車も通れない、交通の便が悪い場所であり、特に他に見る物もない住宅地。
桜の時期以外にわざわざ足を運ぶ場所ではないのだ。

三橋と阿部が付き合い始めたばかりの春、桜が満開の4月上旬に2人はここへ来た。
満開の桜並木の下を手をつないで歩きたいという、恋人らしい思いつきによるものだ。
だが実際に来てみて、2人はそれが無理だとわかった。
とにかく人が多い上に、高校野球でそこそこ勝ちあがった2人は有名人だった。
普通に歩いているだけで「君たち西浦だろ?」「試合見たよ」などと声をかけられる。
とても手をつないで歩ける状況ではなかった。

それではと4月の下旬、花が散った頃にやって来た。
新緑の葉だって美しいのだし、その下を2人で歩くのもいいだろう。
だが2人の計算外は「お花見マニア」と呼ばれる人種の、桜に対する貪欲さ。
彼らは葉桜を見ることも花見の一環としている。
花が満開の時期ほどではないが、そこそこ人が賑わっている。
桜の下で手をつないで歩くという2人の乙女な野望は、またしても実現できなかった。
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