立ち食い蕎麦

オレ、立ち食いの、お蕎麦って、初めて、だ!
そう宣言した三橋の前には、野菜のかき揚げとちくわの磯辺揚げと取り放題の天かすを乗せた温かい蕎麦。
その興奮した表情は、まるで小さな子供のようだ。

大学生となり親元を離れて暮らす三橋は、年末年始は年が明けてから帰省すると言い出した。
三橋の両親が大晦日から元旦にかけて、群馬の三橋本家で過ごすからだ。
年末に実家に戻れば、やはり両親と共に群馬に行かなくてはならない。
ただでさえ短い帰省期間に、さらに年始客も多い三橋本家まで行くのは疲れる。
だから埼玉の実家には、年が明けた1月2日に戻る予定だという。

同じく親元を離れて暮らす大学生の阿部は「オレもそうするから、一緒に帰ろう」と言った。
それを聞いた三橋が「ありがと」と笑った。
何だかんだ言っても、2人だけで新年を迎えたいというのが本音だったりする。
なぜなら阿部と三橋は、初々しくも甘い恋人同士なのだから。

年末の慌しい雰囲気に逆行するかのようにのんびりと過ごした2人は、大晦日の夜に外出した。
向かったのは駅前にある年中無休のチェーン店の立ち食い蕎麦店。
年越し蕎麦を食べようかという話になったときに、三橋が立ち食い蕎麦を希望した。
何と生まれてこのかた、三橋ときたら立ち食い蕎麦を食べたことがないと言うのだ。

その事実に少なからず驚いた阿部は、とにかく三橋に立ち食い蕎麦を体験させることにした。
一緒に食券を買って注文し、蕎麦を受け取り、2人で並んで食べる。
それだけのことが、何だかひどく幸せだと思う。
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