数学メモリーズ

なぁこれ、憶えてる?
阿部は一枚の紙片を、三橋に見せた。
10年以上前のそれは、すでに変色している。
三橋はそれを見て「まだ持ってたんだ」と驚いた表情になった。

2人がまだ高校生だった頃の阿部の誕生日。
プレゼントを何にするかと考えあぐねた三橋は、阿部に直接欲しいものを聞いてきた。
阿部の答えがその紙片だ。
ちょうどテスト前、三橋に数学を教えていた阿部は、三橋の数学のテストの答案が欲しいと言った。
三橋は一生懸命、苦手な科目に取り組んでいる。
その努力の集大成となる答案用紙だ。

三橋は必死に「何か、別のものを」と主張したが、阿部は聞き入れなかった。
ほかの物ならいらないとまで言い放った阿部に、三橋はもう変更はきかないのだと諦めた。
そしてそれ以降、三橋はさらなる努力で数学に挑んだ。
それこそが阿部の狙いであることなど、気付きもせずに。



結局、三橋の数学の点数は70点だった。
確か平均点は65点くらいだったと思う。
今まで常に赤点スレスレ、50点以上などとったことのない三橋にとってはすごい快挙だった。

オレが教えたのに、何で満点じゃねぇの?
阿部は口では文句を言ったものの、誇らしい気持ちだった。
ちなみに同じテストで、阿部は90点をとっている。
だが阿部はその時の自分の点数などまったく憶えていないし、当時もまったく気にしなかった。
とにかく自分へのプレゼントとして、三橋が頑張ったことが嬉しいのだ。

これ、笑えるよな。
阿部はそう言って、答案用紙の一番下、最終問題を指差した。
ほんと、恥ずかしい。
三橋が照れくさそうに笑う。

阿部が指したのは、最終問題の下の解答欄の走り書きだった。
時間配分を間違えて、最終問題を解く時間がなくなった三橋は、最後の数秒にそれを書いた。
今にして思えば、テストを返却してもらってから書き足せばよかった。
だが当時の三橋は、阿部へのプレゼントだと思って必死だったのだ。
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