まだ知らない

三橋は、人間の感情というものをうまく理解できないところがある。
西浦高校野球部の面々は、その事実をもはや当たり前のこととして捉えていた。
聞かされた三橋の過去を考えれば、それは理解できること。
それを差し引いても、エースとしての三橋に不満などない。
周囲の人間とのコミュニケーション能力が欠けている三橋を温かく見守ろう。
誰もがそう思っていた。

だがチームメイトたちには、1つ誤解があった。
三橋は自分に向けられる感情に対しては、およそ考えられないようなリアクションをする。
どこをどうすればそんな風になるのだと、誰もが思ってしまう。
だが三橋はいつも嫌われることを恐れて、いつも無意識に人間観察をしていた。
そして自分以外の人間同士のやりとりに関しては、案外冷静だった。

そんなわけで、マネージャーである篠岡千代が心に秘めている想い。
阿部に向けている好意に、部員の中で唯一気がついたのは三橋だった。

阿部と篠岡が2人並ぶ姿を思い浮かべても、違和感は感じない。
むしろ2人が付き合うということになったら「なるほど」と思うだろう。
でも三橋の心の奥底で、何かがチクリと突き刺さるような感覚がある。
阿部のことも篠岡のことも大好きなのに、なぜか嫌だと思うのだ。

自分のことに対しては途端に疎くなる三橋にはその先がわからない。
例えば他の誰か、同じ7組の花井とか水谷が篠岡と付き合うと想像する。
そのときには決して浮かばない感情だ。
三橋はいつもここまで考えて、その気持ちの正体がわからず途方にくれてしまう。
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