スパイラル

昼休み、野球部のマネージャー篠岡千代はグラウンドにいた。
日焼けを防ぐための大きな帽子と鎌とシャベルを装備して。

ここ何日が気温が上がっている。
練習する部員たちにとっては、ありがたいことだろう。
だが篠岡を手こずらせるのは、この時期から特に元気がよくなってくる雑草たち。
これから夏に向けて、グラウンドにそちこちに生える雑草は成長力が増すのだ。
取っても取ってもひょっこりとまた顔を出す雑草との戦いも、篠岡の仕事の1つだ。
野球部員たちが少しでもいい状態で練習が出来るように。
篠岡は部員たちが爆睡する昼休みに、黙々と草取りをする。

しばらくしゃがんで作業をしていたせいで、膝と腰が疲れてきた。
篠岡はいったん立ち上がり、腰に手を当てながら身体を伸ばした。
思わず「うー」と声が出てしまい、おばさんくさいなと少し笑う。
そしてマウンドの方へと視線を向けた。

マウンドはバッテリーの聖域。
そこでは阿部がこちらに背を向けて、作業をしている。
朝は早めに来て、マウンドの状態をチェックするという阿部。
本当は放課後も欠かさずにしたいのだろうが、掃除当番やら日直やらままならないときもある。
だから毎日ではないが、時折昼休みにもマウンドの様子を見に来るのだ。
刷毛を使って清めて、丁寧に慣らし、必要とあらば土を盛る。
大事なエースである三橋のために。

そんな様子の阿部を見るたびに、篠岡は少し寂しくなる。
きっと阿部は恋をしたら、こんな風に全身全霊を込めて相手を大事にするのだろう。
その相手が自分であったらいいなと思い、篠岡は首を振った。
何も望まない。野球部のためにできることをするだけ。
篠岡はもう一度だけ、阿部の後ろ姿にチラリと視線を送る。
そして再びしゃがみこんで、草取りを始めた。
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