桜の少年

あれ?
目の前を飛翔する淡い色の欠片に、部室に向かう途中の三橋は足を止めて目を凝らした。
正体はすぐにわかった。桜の花びらだ。
三橋は目の前のソメイヨシノの木を見上げた。
まだ五分咲き程度で、満開になるのはまだしばらく先だ。
それなのに、もう散り始めた花がある。
他の花たちが咲き誇る前に、ひっそりと消えていく。
まるで自分のようだと三橋は思う。

桜の季節になるたびに、三橋はいつも悲しみを味わってきた。
小学校のときには、新しい学年になったら野球をする友達ができないかなと期待した。
中学に入学するときには、野球部に入って仲間と野球ができると喜んだ。
その後は、新入生を迎えた新しいチームで本当のエースになりたいと願った。
だが満開の桜を過ぎる頃には、いつも三橋のささやかな夢は花と共に散っていった。
高校に入学するときには、もう何も願わなかった。
投げない。野球はもうしない。
だからこれ以上の悲しみはないだろうと思っていた。

高校に入学して、野球部に入って、1年が過ぎた。
今年の桜はきっと清々しい思いで見上げることができると思っていた。
だが春休みの始めに下見と称して現れた新入生がいた。
彼はシニアではまぁまぁ実績のある投手らしく、阿部もその名を知っていた。
阿部に「受けてもらえませんか」と頼み、阿部も快諾して、ほんの短い時間だが投球練習をした。
三橋だけのものだった阿部が作ったマウンド。
そこに立ち、阿部に向かって投げる新しい投手。
桜にはもう何も願わないはずだったのに、今年もエースでいたいなんて思ったから。
また悲しむことになるのか、と三橋は思った。
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