ホワイトデー

「三橋。これ、ホワイトデー♪」
朝練の後の部室で、栄口が三橋に小さな包みを渡した。
それを合図にしたように、部員たちが次々と同じような包みを三橋に渡していく。
中身はすべてコンビニ等で売っている菓子類だろう。
三橋はと言えば、1つ1つを「ありがとう」と喜びながら受け取っていた。
感激で目をうるうるさせている様子は、知らぬ者が見れば不自然なほど大げさだ。
だが食べることが大好きな三橋は、本当に嬉しいのだろう。
その様子を横目で見ながら、阿部は微かなため息をついた。

事の起こりは、今から約1ヶ月前。バレンタインデーだ。
どうやらその日の意味を正しく理解していなかった三橋は、部員全員に手作りチョコを配った。
三橋はその日を単に感謝の意をチョコレートに託す日と認識していたのだった。
部員たちは、最初は不可解な行動に、驚いた部員たちだったが。
中学時代には友だちもおらず、世俗的なことに疎い三橋がその日の意味を知らないことには納得できた。
それに手作りチョコに込められた三橋の感謝とか友情という好意は嬉しいものだった。
部員たちは、バレンタインデーの正しい意味を教えた。
そして今日、三橋には部員たちからの思いがこもったお返しが贈られていた。

そして阿部は困っていた。
もちろん阿部も、三橋からのチョコレートは嬉しかったし、感謝の意は示したいのだが。
他の部員たちと阿部との違いは、三橋への好意の中に「恋愛」という色が入っていることだ。
それに阿部の甚だしい勘違いでなければ、絶望的な片思いというわけでもない気がする。
だからこそ、他の部員とは何か違うものを贈りたい。
店で売っている安価な菓子を渡すのは簡単だ。
実際カバンの中には、コンビニで購入した可愛らしいラッピングの菓子が入っている。
初めてのホワイトデーなのだから、何か心に残るものを。
そう思いながら何も思いつけず、結局昨日やむなく買ったものだ。
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