バレンタインデー

「これ、受け取って、ください!」
不恰好にラッピングされた大きな包みを差し出された。
そして差し出しているのは、バッテリーの相方だ。
ここは部室であり、他の部員たちも全員顔を揃えている。
不可思議なこの状態に、阿部は困惑した。

差し出している当の三橋は、真剣な表情でこちらを見ている。
三橋が渡そうとしているその包みは、手作り感たっぷりだ。
今日、阿部はこんな状況を何度も経験していた。
すべてはバレンタインデーという厄介なイベントのせい。
真剣な表情で差し出されるチョコレートの姿を借りた恋心を、阿部はすべて拒否した。

恋愛沙汰などで野球に費やす時間を減らされたくない。
そもそもそれらを渡してくる女子生徒たちをよく知らないし、興味もない。
何よりもコイツに尽くすのだと決めた相手がいる。
その相手は男であり、恋愛として成就する可能性は低いが、他の人間からの想いを受け取る気などなかった。
だがその当の三橋から、よもや手作りチョコなどを渡してくるなど。
阿部にとっては想像すらしなかった。

「もしかして、それって手作りの、チョコか?」
恐る恐る阿部は聞いてみた。
ひょっとして自分は、何か甚だしい思い違いをしているのかもしれない。
実はチョコではなくて、貸していた教科書を気まぐれでラッピングしたとか。
もしくはこれは単なる義理チョコで、ラッピングが下手な店員の手によるものだったとか。だが。
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