迷惑

「あれ?」
水谷文貴は練習後の部室で、ふと違和感を感じた。

皆が着替えている最中なのだが、今日は異様に静かだ。
今日は家の用事があるからと、田島は放課後の練習に参加せずに帰宅した。
そして阿部もまた今日は急いでいるからと、練習が終わるや否や帰宅したのだ。
片付けしなくて悪いな、と少しも悪いと思っていない表情で言っていた気がする。

だから静かな原因は、そのせいだとわかっている。
ただでさえ10人しかいない部員で、しかも声が大きい2人がいない。
だがそれだけではない違和感。
しばらく部室を見回しながら考えていた水谷は、1人の人物に気がついた。
三橋が誰よりも早く着替えを終えて、荷物もまとめ終えている。
なるほど違和感の原因はこれかと、水谷は合点がいった。
いつも最後までモタモタしている三橋が、さっさと身支度を済ませていたのだ。

「三橋、今日は早いね~」
水谷が声をかけると、三橋がビクリと震えた。
「ああ、三橋は元々着替えが早いんだぜ。いつもは田島が話しかけてるから遅いだけ」
水谷の言葉に答えたのは、三橋本人ではなかった。
三橋、田島のクラスメイトである泉だ。

「三橋の中学時代を考えると、着替えとか早い理由もわかるだろ?」
いつの間にか水谷の隣には栄口が立っており、水谷だけに聞こえるような小さな声で言った。
「きっと皆に迷惑かけないようにって、急いで着替えたりしてたんだろ」
意味がわからずに考え込む水谷に、今度は反対隣から巣山がまた小声で言った。
密やかなやりとりを、当の三橋は怪訝な表情で見ている。
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