第8話「ゴール!」

セナ君って、ちょっとだけ真波君に似てるかも。
走っていく後ろ姿を追いかけながら、坂道はそう思った。

テメーはエースで主将なんだ。
ここで負けたらチームの士気にかかわる。
もしも負けたら、テメーだけ走って東京に帰らせるからな!

最終日に行われることになった変則レース。
その前にこのレースのルールを決めたヒル魔が、セナに怒鳴っている。
一見すると、何とも手酷い脅し。
だがヒル魔の顔をよく見れば、言葉とは裏腹に目が悪戯っぽく笑っている。
おそらくセナが負けるとは、少しも考えていないのだろう。

巻島さん。
坂道はここにはいない、そして長いこと連絡も取っていない先輩のことを思った。
もしここにいたら、彼はあんな風に激励してくれたのだろうか。
手紙は出しているが、1度も返事は来ない。
彼の元に届いてくれているのか、読んでくれているのかさえわからない。
もしかしたら、もう坂道のことなんか、忘れてしまっているのかもしれない。
そう思うと、少し寂しくなる。

セナ君は大変だな。
不意に坂道の横に来て、そう言ったのは手嶋だった。
いきなり声をかけられたことに驚き、坂道は「うひゃあ!」と声を上げてしまう。
すると手嶋は「悪い、悪い」と驚かしてしまったことをあやまった。

セナ君ってさ、ヒル魔君と話すときと、1、2年生と話すときで全然違うだろ。
手嶋は唐突にそんなことを言い出した。
坂道は手嶋の意図がわからず「そう、ですか?」と首を傾げる。
だがよくよく考えてみれば、当たり前のことだ。
坂道だって先輩である手嶋たちの代と、同じ学年や後輩たちに対するときは言葉使いから変わる。

ああ、もちろん先輩だからなんだろうけどさ。
セナ君たちは普段、1、2年だけで戦ってるんだよ。
お前に置き換えれば、今先輩が誰も居なくて、お前らの代が鏑木たちを引っ張りながら、絶対に勝てって言われてる。
その状況、どう思う?

手嶋の言葉に、坂道は迷わず「無理です!」と叫んでいた。
まだまだ自分は未熟で、教えてもらわなくてはいけない立場だと思う。
その状況で先輩がおらず、後輩を導いていくなんて絶対にできない。

だろ?オレもそうだ。
去年、もし金城さんたちがいなくて主将になっていても、何もできなかったと思う。
でもセナ君はそれをやってる。
2年で主将、しかもエースって、きっと大変な重圧だろう。
だからこそきっとヒル魔君が来ると、ちょっとだけ甘いモードになるんだろうな。

手嶋がそこで言葉を切って、坂道を見た。
ここまで言えばわかるだろうと言わんばかりの表情だ。
坂道はその言葉の意味を考えながら、セナを見た。
ヒル魔とふざけ合いながら、笑っているセナを。

そしてその1時間後、坂道はレースのスタート地点にいた。
変則レースだから、対戦相手のセナはここにはいない。
誰かと一緒に走った方が調子が出やすい坂道にとっては、不利と言えるかもしれない。
だがそもそもこんなルールで走ったことなんかない以上、それを言っても仕方ない。

とにかく前に向かって、走る。
そしてセナ君より早く、1秒でも早く、ゴールする!
坂道は目を閉じ、静かに集中力を高めた。

この合宿期間、ヒル魔に巻島の面影を見ていた。
そして無意識のうちに、セナのことを羨ましがっていたのだろう。
先程の手嶋の言葉で、坂道はそんな自分の気持ちに気付かされた。

だがセナと坂道では背負っているものが全然違う。
総北は戦術を組み上げる主将は手嶋であり、エースは今泉だ。
だがセナは2年生にして、主将でエース。
しかも以前雑談のように話したところによると、アメフトを始めたのは高校に入ってからだと聞く。
つまり坂道よりはるかに厳しい条件で戦っているのだ。
合宿で先輩が来てくれたのなら、助けてもらう権利は大いにある。
ましてやセナとヒル魔は恋人同士なのだから、なおのこと。
自分のことだけで手一杯の坂道には、羨ましがる権利はない。
多分手嶋はそういうことを言いたかったのだと思う。

ガキども!スタート1分前だ!
サーキットに設置されたスピーカーから響くのは、ヒル魔の声だ。
今回、スタート地点は離れているから、合図はスピーカーを使うことになっている。
1分前、30秒前をアナウンスし、10秒前からカウントダウン方式だ。
サーキットには両校の部員から「頑張れ!」「負けるな!」の歓声が響いた。

30秒前!
再びコールがかかると、サーキットは一気に静まり返った。
スタート前の張りつめた雰囲気に、全員の顔が引き締まる。
程なくして「10、9、8、7......」とカウントダウンに入る。

5、4、3、2、1、0!
カウントダウン終了と共に、坂道は飛び出した。
とにかく短い勝負なのだから、最初から全速力だ。
最初は下り、そして登り。
踏み込め!回せ!巻島さんに恥ずかしくない走りをするんだ!
坂道はそれを念じながら、とにかく必死にペダルを漕ぐ。
程なくして、折り返し点からゴールに向かって疾走するセナが見えた。

見えた!追いつく!
坂道は一気に加速する。
心の中でリフレインする「恋のヒメヒメぺったんこ」そして近づくセナの背中。
その姿は、インターハイの最後で戦った箱根学園の真波の背中に似ている気がした。
小柄で細身な背中、走るリズムに合わせて揺れるピョコンと跳ねた黒髪、そして風のような速さ。
何よりもセナは自転車ではなくランなのに、意外と距離が縮まらない。

それでもゴール前でついに2人は並んだ。
あとは相手より少しでも早くゴールするのみ。
そして思いっきりゴールに滑り込み、電光掲示板を見た坂道は「え!?」と声を上げた。
電光掲示板に映し出されたのは、意外な結果だった。
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