第3話「それぞれの練習」

自転車って綺麗だなぁ。
セナはサーキットを疾走する色とりどりの自転車を見ながら、そう思った。

2日目の朝から、泥門高校アメフト部は、2、5キロのMTBコースを使っていた。
本来はマウンテンバイクを走らせるためのもの。
もちろんアスファルト舗装などされていない、傾斜の厳しいコースだ。
そこを午前中いっぱい、走り込む。
特に何周というノルマは決めず、各自のペースで走ることにしていた。
体力づくりのための一環だ。
ズルをしようと思えばいくらでもできるが、そんなことをするやる気のない部員はいない。

セナはいつもと違うコースを走ることを、完全に楽しんでいた。
道端の木々や草のにおいが、風に乗って鼻をくすぐる。
昨年はアメリカで、長い長い道路を石を蹴りながら走った。
トラックが高速でバンバン通り過ぎる道で、今にして思えばかなり肺に悪かったような気がする。
それに比べれば、自然の中を走るのは身体に優しいし、気分もいい。
コースの傾斜など、まったく気にならなかった。

セナはチェンジオブペースを駆使して、走っていた。
時々、ダッシュをしては周回遅れの部員たちをスラロームして抜いていく。
そしてペースを落として、息を整えてまたダッシュだ。
このサイクルスポーツパークには、まだまだ短いコースがある。
合宿の期間中、全部のコースを走ることにしているので、楽しみだ。

じゃあ、午前中はここまで。お昼を食べましょう!
トップで走り抜けたセナは、部員たちに向かって声を張った。
部員たちは足を止めると「はい!」と答えて、重く疲れた足取りでMTBコースを出て行く。
全員がコースを出るのを確認したセナは、最後にコースを出た。
そして食堂に向かう途中で5キロのサーキットの横を通ったセナは、色とりどりの自転車を見た。

自転車って綺麗だなぁ。
セナはサーキットを疾走する色とりどりの自転車を見ながら、そう思った。
昨日、坂道と話したとき、教えてもらったのだ。
みんな自分の使う自転車のメーカーや色、デザインや機能性にはこだわりがあるのだと。
だがそういう坂道は、マネージャーの実家の自転車屋から借りたものを使っていると言っていた。

セナは足を止めると、走り抜けていく自転車たちを目で追った。
太陽の光をキラキラと反射して、疾走する自転車は本当に美しい。
だが昨日に比べて、その数が減っているような気がした。
昨日はここに到着した日だし、サーキットを見ても「ああ、走ってる」くらいにしか思っていなかった。
走っていた自転車の数なんて注意していなかったが、やはり少ない気がする。

おそらく脱落したんだろう。
去年のセナたちのデスマーチ同様、ついて来られない者は置いていかれてしまう決まりなのだ。
なぜなら彼らはセナたちのように、本格的な夏合宿前の準備段階ではない。
インターハイの選手を決め、さらに仕上げるための合宿なのだから。

みんな、頑張れ~!!
セナはコースに向かって声を上げると、自転車の列に向かって手を振った。
するとセナと並んで歩いていたモン太が二カッと笑って「最後まで走りきれよ~!」と叫んだ。
こうなるともう連鎖反応だ。
部員たちは午前中の疲れの憂さを晴らすように、部員たちは元気よく「頑張れ~!」「負けんな~!」と叫び、手を振った。
それはきっと単に、総北高校へのエールだけではない。
おそらく無意識のうちに自分たちの姿を重ねて、声援を送っている。

セナ、く~ん!
不意に目の前を走り抜けた黄色い自転車から声が聞こえた。坂道だ。
セナもすぐに「坂道君、ファイトだよ~!」と叫んで手を振る。
坂道も手を振っているのが見えたのは、ほんの一瞬だけ。
すぐに風のように疾走していき、あっという間に見えなくなった。

頑張ってるなぁ。負けてられない。
セナは上機嫌で食堂に向かいながら、ふと考える。
ここを合宿地に決めたのは、蛭魔だった。
それを聞いたセナは、なぜわざわざ他校の自転車部と場所と日程を合わせたのか不思議だったのだ。
蛭魔にはわかっていたのかもしれない
インターハイ目前の彼らからいい刺激を受けて、高いテンションを保ちながら練習できることを。

午後はバックスとレシーバー、そしてラインで別メニューになった。
手っ取り早く言えば、ボールを持つポジションと、持たないポジションに分かれての練習だ。
ボールを持つポジションはセナ、持たないポジションは十文字が練習の指揮を執る。
溝六は両方を行ったり来たりして、的確なアドバイスをくれる。

そして夕食の後は、各自自主トレだ。
セナは走り込みをするために、セナは短いピストコースに向かおうとして、再びサーキットの前で足を止めた。
2人の選手が全力で走っている。
主将の手嶋と、もう1人ガッチリとした体躯のメガネの選手。
遠目にもバチバチと火花が散るような緊張感で、これが単なる練習ではなくレースであるとわかった。
おそらくはレギュラー争い。
そして坂道たちはその様子を、固唾をのんで見守っている。

坂道と一瞬だけ、目が合った。
だけどセナを見て頷くだけで、すぐに視線をコースに戻した。
彼らにとって、今サーキットで繰り広げられているレースは、きっと部の命運を左右する大事なものなのだろう。
セナは邪魔をしないように、静かにサーキットから離れた。

セナ、いいところに来た!ミニゲームをしようぜ!
ピストコースに向かう途中で、セナに声をかけてきたのはモン太だった。
他にも何人かの部員たちが集まっていて「やりましょうよ!」と声を上げる。

総北の真剣勝負を見せられて、闘志に火が付いたのだろう。いい傾向だ。
セナが笑顔で「いいね。やろうか」と答えると、ウォーミングアップを始めた。
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