The Pro Wrestler
これはやっちゃったかもしれない。
セナは勝利をコールされながら、この状況はかなりまずいと思った。
小早川瀬那というセナの本名を知っている人間は、少ない。
家族と親戚、近しい友人。
合わせても、そんなにたくさんの人数はいないはずだ。
だがリングネームを名乗れば、コアなファンがそこそこいる。
ちなみにセナの職業はプロレスラー。
リングネーム「アイシールド21」を名乗り、活動している。
セナは小柄で細身、一見してプロレスラーには絶対に見えない。
事実、プロレス会場では、ホールを歩いていても、絶対に客にはバレないのだ。
なぜならリングに上がる時、セナは覆面をつけているから。
いわゆる覆面レスラーとか、マスクマンとか呼ばれる選手だ。
ちなみに階級は、体重100キロ以下のジュニアヘビー。
スピートを生かして、華麗な飛び技で勝負する。
だが今、セナはレスラーを続けられるかどうかの危機に瀕していた。
小さなインディーズ団体に所属していたのだが、そこは資金難のためにあと少しで活動を休止する。
会社に例えるなら、倒産だ。
給料も最近はロクに支払われていないし、このままではセナのレスラーとしてのキャリアも終わってしまう。
迷ったセナは、とある団体の門を叩いた。
同じくインディーズ団体の「デビルバッツ・プロレス」だ。
だがセナの所属していた団体よりは、かなり大きい。
全試合がインターネットで放映されているし、ときどきはCSのプロレスチャンネルにも出るのだ。
何より業界最大手のメジャー団体と業務提携していた。
つまりここで活躍できれば、いずれメジャー団体で試合をするのも夢ではない。
お前さんが「アイシールド21」か?
面接してくれたのは、酒奇溝六という男だった。
どうやらこの男が「デビルバッツ・プロレス」の社長らしい。
そしてセナの試合も見たことがあるらしく、2つ返事で「試合に出てみるか?」と言ってくれた。
かくしてセナは「デビルバッツ・プロレス」のリングに上がった。
プロレスの興行はミュージシャンのツアーのように、通常半月程度のスケジュールで地方を回る。
例えば夏ならば「サマーシリーズ」などと銘打たれ、最終日はタイトル戦になることが多いのだ。
そしてセナが出ることになったのは、あるシリーズの最終日。
もちろんいきなりシングルマッチなどができるはずもなく、3対3のタッグマッチの中の1人だ。
この団体のヘビー級チャンピオンを決めるタイトルマッチの前座の試合に急遽、セッティングされた。
これは、まず顔見せという流れだ。
試合内容がよければ、次のシリーズはフルで出場できる。
だけどこの「よければ」が曲者だった。
勝てばいいという訳ではない。
むしろこの場合、勝ってはいけないのだ。
プロレスはすべて結果が決まっていて、ぶっちゃけ試合は全部八百長。
世間にはそんな風に思っている者は少なくない。
これは正解ではないが、ある意味では当たっている。
プロレス団体はどこでも人気のあるレスラーを推す。
そんな選手をメインに、マッチアップするのだ。
理由は単純明快、その方が客が入り、売上につながるからだ。
レスラーは暗黙のうちにそれを察して、そのシナリオに沿った試合をする。
今、セナの対戦相手の3人の中の1人は、間違いなく若手の一押しだ。
次のシリーズで、ジュニアヘビーのタイトルに挑戦することも決まっている。
すなわちこの試合は、彼を活躍させて盛り上げるためのものなのだ。
つまりセナはいいところを見せながら、際どいところで負けなくてはならない。
でも、まぁ、頑張るしかないな。
セナは小さく深呼吸をすると、リングへと足を踏み出した。
途端に会場からは、ブーイングの嵐だ。
この団体の客からすれば、セナは正体のわからない謎の覆面レスラーでしかない。
この程度の洗礼は、最初から承知の上だ。
このスピードに驚け!
セナはトップロープに飛び乗ると、一気にリング下へと飛び降りる。
今、このリングの上で戦う6人の中で、セナは一番小さい。
だがその分、スピードがあるのだ。
空中戦はセナがもっとも得意とするところであり、リングの上でも映える。
この点を観客とこの団体の上層部に、しっかりとアピールしなくては。
試合開始から10分程経過した頃、敵の一押し選手とセナのマッチアップになった。
客はもうこの次のタイトルマッチが見たいだろうから、そろそろフィニッシュに向かう。
セナは少しだけ小競り合いをした後、相手選手にキックを浴びせた。
スピードを生かした、ドロップキックは自分でも綺麗だと自負している。
そして相手をマットに倒してフォール、だけど全力じゃない。
相手は3カウントが決まる前にセナを押しのけ、逆にフォールしてくる。。。はずだったのだ。
相手選手はセナを押しのけなかった。
セナのスピードが早すぎたのか、もしくは相手の実力は予想以下だったのか。
一押しであろう若手選手は倒れたまま、セナの勝ちになってしまったのだ。
試合時間12分20秒「アイシールド21」の勝利!
リングアナウンサーのコールが響き、レフェリーがセナの手を掴んで、差し上げる。
予想外の結果に、会場内のブーイングがさらに大きくなった。
これはやっちゃったかもしれない。
セナは勝利をコールされながら、この状況はかなりまずいと思った。
いくら意図的ではないにしろ、団体の意に沿わない試合をしてしまったのだから。
まぁ、クビと言われたら、別の団体を捜せばいい。
何とかプロレスで食べていけるといいのだけれど。
セナはこっそりとため息をつきながら、リングを降りた。
こういうとき、覆面は本当に助かる。
憂鬱な顔をしていても、客にバレることはないのだから。
セナは勝利をコールされながら、この状況はかなりまずいと思った。
小早川瀬那というセナの本名を知っている人間は、少ない。
家族と親戚、近しい友人。
合わせても、そんなにたくさんの人数はいないはずだ。
だがリングネームを名乗れば、コアなファンがそこそこいる。
ちなみにセナの職業はプロレスラー。
リングネーム「アイシールド21」を名乗り、活動している。
セナは小柄で細身、一見してプロレスラーには絶対に見えない。
事実、プロレス会場では、ホールを歩いていても、絶対に客にはバレないのだ。
なぜならリングに上がる時、セナは覆面をつけているから。
いわゆる覆面レスラーとか、マスクマンとか呼ばれる選手だ。
ちなみに階級は、体重100キロ以下のジュニアヘビー。
スピートを生かして、華麗な飛び技で勝負する。
だが今、セナはレスラーを続けられるかどうかの危機に瀕していた。
小さなインディーズ団体に所属していたのだが、そこは資金難のためにあと少しで活動を休止する。
会社に例えるなら、倒産だ。
給料も最近はロクに支払われていないし、このままではセナのレスラーとしてのキャリアも終わってしまう。
迷ったセナは、とある団体の門を叩いた。
同じくインディーズ団体の「デビルバッツ・プロレス」だ。
だがセナの所属していた団体よりは、かなり大きい。
全試合がインターネットで放映されているし、ときどきはCSのプロレスチャンネルにも出るのだ。
何より業界最大手のメジャー団体と業務提携していた。
つまりここで活躍できれば、いずれメジャー団体で試合をするのも夢ではない。
お前さんが「アイシールド21」か?
面接してくれたのは、酒奇溝六という男だった。
どうやらこの男が「デビルバッツ・プロレス」の社長らしい。
そしてセナの試合も見たことがあるらしく、2つ返事で「試合に出てみるか?」と言ってくれた。
かくしてセナは「デビルバッツ・プロレス」のリングに上がった。
プロレスの興行はミュージシャンのツアーのように、通常半月程度のスケジュールで地方を回る。
例えば夏ならば「サマーシリーズ」などと銘打たれ、最終日はタイトル戦になることが多いのだ。
そしてセナが出ることになったのは、あるシリーズの最終日。
もちろんいきなりシングルマッチなどができるはずもなく、3対3のタッグマッチの中の1人だ。
この団体のヘビー級チャンピオンを決めるタイトルマッチの前座の試合に急遽、セッティングされた。
これは、まず顔見せという流れだ。
試合内容がよければ、次のシリーズはフルで出場できる。
だけどこの「よければ」が曲者だった。
勝てばいいという訳ではない。
むしろこの場合、勝ってはいけないのだ。
プロレスはすべて結果が決まっていて、ぶっちゃけ試合は全部八百長。
世間にはそんな風に思っている者は少なくない。
これは正解ではないが、ある意味では当たっている。
プロレス団体はどこでも人気のあるレスラーを推す。
そんな選手をメインに、マッチアップするのだ。
理由は単純明快、その方が客が入り、売上につながるからだ。
レスラーは暗黙のうちにそれを察して、そのシナリオに沿った試合をする。
今、セナの対戦相手の3人の中の1人は、間違いなく若手の一押しだ。
次のシリーズで、ジュニアヘビーのタイトルに挑戦することも決まっている。
すなわちこの試合は、彼を活躍させて盛り上げるためのものなのだ。
つまりセナはいいところを見せながら、際どいところで負けなくてはならない。
でも、まぁ、頑張るしかないな。
セナは小さく深呼吸をすると、リングへと足を踏み出した。
途端に会場からは、ブーイングの嵐だ。
この団体の客からすれば、セナは正体のわからない謎の覆面レスラーでしかない。
この程度の洗礼は、最初から承知の上だ。
このスピードに驚け!
セナはトップロープに飛び乗ると、一気にリング下へと飛び降りる。
今、このリングの上で戦う6人の中で、セナは一番小さい。
だがその分、スピードがあるのだ。
空中戦はセナがもっとも得意とするところであり、リングの上でも映える。
この点を観客とこの団体の上層部に、しっかりとアピールしなくては。
試合開始から10分程経過した頃、敵の一押し選手とセナのマッチアップになった。
客はもうこの次のタイトルマッチが見たいだろうから、そろそろフィニッシュに向かう。
セナは少しだけ小競り合いをした後、相手選手にキックを浴びせた。
スピードを生かした、ドロップキックは自分でも綺麗だと自負している。
そして相手をマットに倒してフォール、だけど全力じゃない。
相手は3カウントが決まる前にセナを押しのけ、逆にフォールしてくる。。。はずだったのだ。
相手選手はセナを押しのけなかった。
セナのスピードが早すぎたのか、もしくは相手の実力は予想以下だったのか。
一押しであろう若手選手は倒れたまま、セナの勝ちになってしまったのだ。
試合時間12分20秒「アイシールド21」の勝利!
リングアナウンサーのコールが響き、レフェリーがセナの手を掴んで、差し上げる。
予想外の結果に、会場内のブーイングがさらに大きくなった。
これはやっちゃったかもしれない。
セナは勝利をコールされながら、この状況はかなりまずいと思った。
いくら意図的ではないにしろ、団体の意に沿わない試合をしてしまったのだから。
まぁ、クビと言われたら、別の団体を捜せばいい。
何とかプロレスで食べていけるといいのだけれど。
セナはこっそりとため息をつきながら、リングを降りた。
こういうとき、覆面は本当に助かる。
憂鬱な顔をしていても、客にバレることはないのだから。