Carer
お前が泥棒猫か?
蛭魔は目を眇めて、少年のような男を見下ろした。
蛭魔の父がこの世を去ったのは、2週間ほど前のことだ。
はっきり言って驚きはない。
長いこと介護施設に入所していたから、いつかこの日が来るとは思っていたのだ。
予定よりかなり早いが、問題はない。
予想外の事態が起きたのは、葬儀の後だった。
父親の友人で弁護士だと名乗る男が、父に遺言状を持って来たのだ。
そこには、財産を小早川瀬那という青年に譲ると書かれていた。
はっきり言って、父親の財産が欲しいわけではない。
そこそこ、いや世間一般のレベルでいえば、かなりの額の金を持っていたことは知っている。
だが蛭魔本人の預貯金に比べたら、微々たる額なのだ。
父がそれを蛭魔の手に渡らないようにしていることなど、予想の範囲内だ。
何かの慈善事業団体に寄付する、くらいのことは予想していた。
だがまさか特定の個人に譲るという遺言には、意表を突かれた。
問題はその中に、蛭魔が経営する会社の株があることだった。
元々蛭魔の会社は父親が興したものであり、父には形ばかりの「相談役」という肩書があったのだ。
だから個人株主としては、かなりの株数を保有している。
これだけは何とか手に入れておかないと、会社の反対派閥に売り渡されたら面倒だ。
すぐに小早川瀬那なる人物について、調べた。
身元はすぐにわかった。
彼は父親が晩年を過ごした施設で働く、介護職員だった。
1人でアパートを借りて暮らしており、どこにでもいるような普通の青年だった。
年齢は25歳とある。
だが写真で見る限り、まだ10代でも通りそうだ。
びっくりするような美人ではないが、可愛らしい顔立ち。
また身体つきはかなり華奢で、童顔と相まって庇護欲を掻き立てる。
なるほど、親父はこの見た目にヤラれたのか。
一通り「小早川瀬那」のデータを見終えた蛭魔は、苦笑した。
唯一の息子にして身寄りである蛭魔とは、あまり折り合いがよくなかった。
そんなとき世話をしてくれた可愛い介護士が、健気に見えたのだろう。
まったく最後まで面倒なことをしてくれる。
だがやっかいだとは思わなかった。
「小早川瀬那」の経歴を見る限り、ごくごく平凡な小市民だ。
後ろめたさも感じずに、身寄りでもない人間の遺産をもらえるタイプではない。
少々金を渡してやれば、遺産放棄の書類に判を押すだろう。
かくして蛭魔は秘書を伴って、父が入所していた介護施設に来た。
折りしも時刻は昼時で、スタッフが慌ただしく動き回っている。
蛭魔はその中から目的の青年を捜し当てると、彼の前に立ちはだかる。
お前が泥棒猫か?
蛭魔は目を眇めて、少年のような男を見下ろした。
自分の容姿は整っているけど、初対面の相手には怖く見えることがあるのは承知している。
目の前のか弱い青年なら、威嚇するには充分なはずだ。
だが青年は、蛭魔の視線に怯むことはなかった。
それどころか目を逸らすことなく、蛭魔を真っ直ぐに見上げている。
どうやら蛭魔が何者かわかっているのだろう。
しかも何か蛭魔に言いたいことがあるようだ。
何だ、この施設は。職員の態度、悪いな。
蛭魔が茶化すように挑発しても、青年は乗ってこなかった。
事前の連絡もなく、こんな忙しい時間に来る非常識な人に言われたくないですね。
青年は憎らしいほど冷静に、そう言い返した。
そして「僕、お父様の遺産は放棄しませんよ」と付け加えた。
蛭魔にとって、思わぬ展開だった。
めんどくさくて、忌々しい事態であると言える。
だけどそれ以上に、この小早川瀬那という青年に、興味が湧いていた。
蛭魔は目を眇めて、少年のような男を見下ろした。
蛭魔の父がこの世を去ったのは、2週間ほど前のことだ。
はっきり言って驚きはない。
長いこと介護施設に入所していたから、いつかこの日が来るとは思っていたのだ。
予定よりかなり早いが、問題はない。
予想外の事態が起きたのは、葬儀の後だった。
父親の友人で弁護士だと名乗る男が、父に遺言状を持って来たのだ。
そこには、財産を小早川瀬那という青年に譲ると書かれていた。
はっきり言って、父親の財産が欲しいわけではない。
そこそこ、いや世間一般のレベルでいえば、かなりの額の金を持っていたことは知っている。
だが蛭魔本人の預貯金に比べたら、微々たる額なのだ。
父がそれを蛭魔の手に渡らないようにしていることなど、予想の範囲内だ。
何かの慈善事業団体に寄付する、くらいのことは予想していた。
だがまさか特定の個人に譲るという遺言には、意表を突かれた。
問題はその中に、蛭魔が経営する会社の株があることだった。
元々蛭魔の会社は父親が興したものであり、父には形ばかりの「相談役」という肩書があったのだ。
だから個人株主としては、かなりの株数を保有している。
これだけは何とか手に入れておかないと、会社の反対派閥に売り渡されたら面倒だ。
すぐに小早川瀬那なる人物について、調べた。
身元はすぐにわかった。
彼は父親が晩年を過ごした施設で働く、介護職員だった。
1人でアパートを借りて暮らしており、どこにでもいるような普通の青年だった。
年齢は25歳とある。
だが写真で見る限り、まだ10代でも通りそうだ。
びっくりするような美人ではないが、可愛らしい顔立ち。
また身体つきはかなり華奢で、童顔と相まって庇護欲を掻き立てる。
なるほど、親父はこの見た目にヤラれたのか。
一通り「小早川瀬那」のデータを見終えた蛭魔は、苦笑した。
唯一の息子にして身寄りである蛭魔とは、あまり折り合いがよくなかった。
そんなとき世話をしてくれた可愛い介護士が、健気に見えたのだろう。
まったく最後まで面倒なことをしてくれる。
だがやっかいだとは思わなかった。
「小早川瀬那」の経歴を見る限り、ごくごく平凡な小市民だ。
後ろめたさも感じずに、身寄りでもない人間の遺産をもらえるタイプではない。
少々金を渡してやれば、遺産放棄の書類に判を押すだろう。
かくして蛭魔は秘書を伴って、父が入所していた介護施設に来た。
折りしも時刻は昼時で、スタッフが慌ただしく動き回っている。
蛭魔はその中から目的の青年を捜し当てると、彼の前に立ちはだかる。
お前が泥棒猫か?
蛭魔は目を眇めて、少年のような男を見下ろした。
自分の容姿は整っているけど、初対面の相手には怖く見えることがあるのは承知している。
目の前のか弱い青年なら、威嚇するには充分なはずだ。
だが青年は、蛭魔の視線に怯むことはなかった。
それどころか目を逸らすことなく、蛭魔を真っ直ぐに見上げている。
どうやら蛭魔が何者かわかっているのだろう。
しかも何か蛭魔に言いたいことがあるようだ。
何だ、この施設は。職員の態度、悪いな。
蛭魔が茶化すように挑発しても、青年は乗ってこなかった。
事前の連絡もなく、こんな忙しい時間に来る非常識な人に言われたくないですね。
青年は憎らしいほど冷静に、そう言い返した。
そして「僕、お父様の遺産は放棄しませんよ」と付け加えた。
蛭魔にとって、思わぬ展開だった。
めんどくさくて、忌々しい事態であると言える。
だけどそれ以上に、この小早川瀬那という青年に、興味が湧いていた。