さてどうしたものか。
ヒル魔は可愛らしい内装のカフェの店内を見回しながら、思案した。
このときはまだ自分でここを切り盛りしようなどという気はさらさらなかったのだ。

ヒル魔は久しぶりに実家に戻っていた。
母親は物心ついた頃にはもういない。
そして父親とはあまり折り合いが良くなくて、実家を出てから久しかった。
だがそれで別に問題はなかった。
世渡りの才覚はあるので、暮らし向きには困らない。
たまに生きていることを知らせる程度に連絡し、実家とは距離を取っていた。

そんなヒル魔のもとに突然届いたのは、父の訃報だった。
何の前触れもない、突発的な事故。
それを知らされたヒル魔は、実家に帰った。
嬉しくもなければ、さほど悲しくもない。
だがヒル魔には兄弟もいないし、父も滅多に合わない息子以外に親しい親族もいない。
諸々の後始末はヒル魔がしなければならなかったのだ。

葬儀はせず、埋葬だけにした。
葬儀代はかからないが、香典もない。
父の交友関係はまったくわからないのだがら、仕方がなかった。
実家の荷物は整理して、家は売りに出すことになるだろう。
でもまぁ金に困っているわけでもないし、急がない。

最大の問題は、実家の敷地内に鎮座している小さな小屋だった。
ヒル魔が実家にいた頃には、そんなものはなかった。
都内にしては広めの、ただの庭だったのだ。
だが今、その一角に可愛らしいカフェらしき店が鎮座しているのだ。
しかもちゃんと客を迎えて、店として営業している雰囲気。
塀の一部を壊してドアを作り、店内に入れるようにもなっている。

さてどうしたものか。
ヒル魔は可愛らしい内装のカフェの店内を見回しながら、思案した。
あの父がまさか客商売をしていたとは。
だがそれ以上に不思議なのは、父の死から日が経っているのに何も起きないことだった。
仮にも営業していたのなら、誰かとつながりがあったはずだ。
従業員、客、そして仕入れ等の業者など。
それなのに父の死後、誰も現れないなんてあり得るのだろうか？
だが店内は綺麗に清掃されており、稼働している冷蔵庫、ストックされた食材もある。
どう見たって、営業している店舗なのだ。

これはもう少し、様子を見るしかない。
ヒル魔は結局そんな結論に落ち着いた。
このカフェ(？)を潰したら誰に影響が出るのか。
わからないのに、急ぐ必要はない。
この店のことを知っている者が現れるのを待つことにしよう。
そう思い、店を出ようとしたとき、唐突にその時が来た。

こんにちは～♪
不意に明るい声が響き、ヒル魔はギョッとした。
店内の「スタッフ専用」と書かれたドアから、子供が出てきたのだ。
ピョコピョコと飛び跳ねた黒髪と大きな瞳が印象的な少年。
少年は「今日もお客さん、来るといいですね」と笑う。
だがそこでヒル魔を見て「あれ？」と声を上げた。

もしかして妖一君？大きくなったねぇ！
ニコニコとこちらに歩み寄って来る少年に、ヒル魔は「ハァァ！？」と声を上げた。
どう見ても１０代半ばの少年が「大きくなったねぇ！」はないだろう。
それにあの「スタッフ専用」の部屋には、誰もいなかったはずだ。
この少年はいったいどこから湧いてきたというのか。
そもそもこの少年はいったい誰だ？

あれ？ところで幽也さんは？
少年はヒル魔の驚きを他所に、ニコニコと笑っている。
だがヒル魔は言葉もなく、少年をマジマジと凝視していた。
何がなんだかさっぱりわからない。
それは沈着冷静なヒル魔にとって、実にらしからぬことだった。