本屋少年

またあいつだ。
蛭魔は座席に腰掛けて、文庫本を開く少年に目を向けた。

大学生の蛭魔の生活時間は不規則だ。
単位は1、2年のうちに可能な限り取得したので、授業は週3回だけ。
しかも授業の開始時間もまちまちだ。
きっとそのせいだろう。彼を見かけるのは週1回。
3時限目の授業に出席するために昼近い電車に乗る金曜日だけだった。
朝のラッシュアワーが嘘のように空いている電車、決まった車両の決まった座席。
少年はいつも同じ場所に腰掛けて、広げた文庫本に没頭している。

おそらく10代であろう少年。
容姿だけなら高校生と推理するが、平日の昼間に電車に乗っているのだから違うのだろう。
彼の年代で、電車の中で文庫本を読むというのは非常に少数派なのではないかと思う。
たいがいは携帯電話でメールやらネットやらだろう。
少なくても同じ車両を見回しても、本を開いているのは彼だけだ。
他の乗客は皆、携帯電話を開いているか、蛭魔のように特に何もせずに電車に揺られてる。
だが少年は単に珍しいというだけではなく、ひどく蛭魔の目を引いた。

少女のように小柄で細身で愛らしい少年が、時折顔を綻ばせながらページを繰っていく。
きっと本に熱中し、もしかしたら登場人物になりきって物語に心を飛ばしているのかもしれない。
そんな彼はどこか崇高で、携帯電話を操作している他の客が凡庸に見えてくるほどだ。

そして少年は蛭魔の大学がある駅の1つ手前、いくつかの路線が入り組むターミナル駅で下車する。
その前に読んでいた本に輪ゴムをかけて、鞄の中の決められた位置に丁寧に仕舞うのだ。
彼はいつもディバックを肩から提げており、その中で本がよれたりしないようにだろう。
彼が読む本はページが変色しているものが多いから、おそらくは古本だろう。
そういう本に、包装紙のような紙で手製したと思われるブックカバーをつけている。
本が大好きで、とても大事にしていることが伺える。
蛭魔もまた本は好きであるから、少年のそういう所作はかなり好感が持てる。

何とか彼と話すチャンスはないものだろうか。
そう思いながら、蛭魔はいつも週1回の逢瀬を楽しんでいる。
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