Zombi in DevilBat

ケケケ、確かにゾンビでも出そうだな!
おあつらえ向きのロケーションが見えてくるなり、蛭魔は満足と言わんばかりに高笑いした。
まもりは「やだ、怖い!」と怯えた表情で、蛭魔の腕に縋りつく。
それは一行のほとんどにはかわいらしく、一部の目の利く人間にはあざとく見えていた。

蛭魔妖一は映画の監督を生業にしている。
とはいっても、ほとんどの人間はその名を知らない。
映画監督と名乗っていても、その内容はまさにピンキリ。
世間にその名が知れ渡り、撮りたい映画だけで飯が食えているのは、まさに一握りだ。

では蛭魔はというと、思いっきりキリの方に属する監督だった。
蛭魔本人はおろか、その作品さえ知名度がほとんどないのだから。
だから本当に撮りたい作品は、なかなかスポンサーの許可が出ない。
大金を出資するスポンサーは、リスクを嫌うのだ。
その結果、流行りモノをパクったような、薄っぺらい作品ばかり撮っている。

今回もそんな映画を引き受けた。
内容は今流行りのゾンビモノだ。
蛭魔はゾンビどころか、ホラーさえ撮ったことがない。
だが事前に何作か見てパターンは掴んだし、問題ない。
ちゃっちゃと終わらせてしまおうなどと、軽く考えていた。

実際ゾンビモノと括られれば、あまり選択肢がないのだ。
主人公がいて、その恋人や友人がいて、街にゾンビが発生して、逃げ回る。
基本、どうしてもそういうストーリーになってしまう。
逆にこれ以外でやろうと思ったら、スポンサーの許可が出ない。
安易に確実に、売れ線のラインを崩さずに。
それがキリの映画監督の鉄則だ。

しかも今回は、場所も指定されていた。
いくつかのホラー映画が撮影された離島、泥門島だ。
住所こそ東京都になるが、東京からかなり距離がある。
かつては島民も多く、観光も盛んだったらしい。
おかげで廃墟と化した建物がいくつもあり、この手の撮影によく使われるのだ。

予算が少ないので、出演者も撮影スタッフも最小限だ。
主演女優の姉崎まもり、その恋人役の十文字一輝、友人役は黒木、戸叶、瀧鈴音。
蛭魔は監督をやりながら、カメラも回す。
蛭魔以外の撮影スタッフは10人いるが、全員エキストラでゾンビ役をやる。
学生の自主製作より、金も手間暇もかかっていない撮影だ。

蛭魔以外の面々も、ちゃっちゃと片づける気満々だった。
かくして一行は羽田空港から八丈島に飛び、そこから船に乗り換える。
何しろ島民の数が少ないから、定期船は週に1度往復するだけだそうだ。
だから蛭魔たちも必然的に、1週間の滞在になる。
大作映画なら何か月もかけるところだが、そんな時間も予算もないのだ。

かくして一行を乗せた定期船が、泥門島を目指していた。
海は美しく波も穏やかで、快適な船旅だ。
だがほとんどの人間は、船室で眠りこけている。
スタッフはほとんどの人間が映画だけでは食えずに、アルバイトをしている。
疲れているだろうし、このタイミングで寝ておきたいのだろう。

蛭魔は1人、甲板に出ていた。
何も考えずにただ海を見ながらのんびりと過ごすのは、最高の贅沢だ。
柄にもなく心が洗われるなんて思う。
そして出港して3時間、ようやく目的の島が見えてきた。
その頃には寝ていたスタッフたちも起きてきて、順に甲板に出てくる。
そこで一同が目にしたのは、小さくて、自然豊かで、荒れた島。
特に目を引くのは、崖の上にそびえたつ西洋の城のような建物だ。
遠目にも、潮風に晒されていたんでいるのがわかる。

ケケケ、確かにゾンビでも出そうだな!
おあつらえ向きのロケーションが見えてくるなり、蛭魔は満足と言わんばかりに高笑いした。
主演女優のまもりが「やだ、怖い!」と蛭魔の腕に縋りついたが、蛭魔は知らん顔で腕を引き抜いた。
彼女が蛭魔に気があるのは有名で、事あらば距離を詰めてこようとするのだ。
蛭魔はまもりと恋愛する気はないが、一度くらい遊びで寝るくらいはありかと思っていた。

やがて船は泥門島に到着した。
スタッフが機材や小道具を船から下ろしているところに、1人の少年が近づいてくる。
島の住人が撮影を手伝ってくれると聞いている。
どうやら彼はその1人だろう。

こんにちは。蛭魔妖一さんですか?
少年は穏やかに笑いながら、ペコリと頭を下げる。
まもりとは対照的な、心の底から人懐っこそうな表情だ。
蛭魔はかわいいと思いながら「島の人?」と聞く。
すると少年はコクリと頷いた。

小早川瀬那です。この島の唯一の住人です。
瀬那と名乗った少年が、ニッコリと笑った。
蛭魔は「唯一?」と思わず聞き返す。
すると瀬那は笑顔のまま「ええ。今ここに住んでいるのはボクだけです」と事もなげに答えた。

この島に1人。
蛭魔は驚き、瀬那をマジマジと見た。
週に1度しか船が来ない離島に1人きりとは、寂しくないのだろうか?
だが瀬那には陰りのようなものはまるでなく、明るい口調で「では、ご案内します」と告げたのだった。
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