Manga Artist
蛭魔は初夏の気持ちよく晴れた日の午後、窓から外を見ていた。
この別荘へ来る唯一の道を、1台のタクシーが走って来る。
その車には、今日から1ヶ月ほど一緒に仕事をする人物が乗っている筈だ。
蛭魔妖一は大学在学時に「デビルバッツ」というグループを立ち上げた。
彼らの仕事は、漫画を描くことだ。
通常、プロの漫画家はあくまで個人であり、手が回らない部分はアシスタントを雇う。
だが「デビルバッツ」は完全分業制だ。
蛭魔は漫画家ではあるが、絵は全く描けない。
できるのは作品の世界観であるコンセプトや、ストーリーの流れを考えることだ。
それを作画担当者に指示するだけで、蛭魔の仕事はおしまい。
作画担当者も細かく作業が決まっているが、アシスタントという概念はない。
全員がプロの漫画家として「デビルバッツ」名義の作品を描いている。
彼らの仕事場とも言える事務所は、東京にはない。。
海辺の避暑地にあるその豪邸は、もともと蛭魔家の別荘として建てられたものだった。
1人息子の蛭魔はほとんど使われずにいたそこを改装し、自宅兼会社として使うことにした。
ネットがこれほど世界に浸透している今日、都心にオフィスを構える必要はなかった。
それにそもそも車さえあれば、ここは東京からのアクセスも悪くない。
蛭魔が大学を卒業するころには「デビルバッツ」は人気漫画家になっていた。
同時進行で、いくつもの作品を描くようになり、人数も増やした。
締め切りが近づけば、昼夜も関係なくなる。
だから全員がこの別荘に住み込んでおり、ワイワイとまるで学生の合宿のような生活を送っていた。
やがてタクシーが蛭魔邸の前に止まり、4人の人物が降り立った。
1人は「デビルバッツ」と同じくらい人気がある漫画家の姉崎まもりだ。
彼女は「デビルバッツ」とコラボレーションすることになっている。
だから執筆のために、この別荘に1ヶ月ほど滞在することになっていた。
残りの3人は彼女のアシスタントだろう。
若い男が2人と、女が1人だ。
まもりは小さなバック1つで、優雅に玄関へと向かう。
残りの3人は、タクシーから下ろしたいくつものスーツケースを汗だくになりながら運んでいた。
4階の自室の窓からそれを見ていた蛭魔は、階下に降りた。
すると計ったように、全員が玄関口に集合する。
そして別荘の玄関に現れた客を、出迎えた。
来たわよ。それにしてもすごい田舎。
まもりは不機嫌そうな表情で、そう言った。
蛭魔も「デビルバッツ」のメンバーも、そんな皮肉などスルーだ。
そして蛭魔が「3人で来ると聞いてたが、1人多いぞ」と聞き返す。
2人はアシスタント。もう1人は私の幼なじみよ。
漫画を描くんじゃなくて、身の回りの世話をしてもらうから。
まもりがそう告げると、3人の中の1人、童顔な少年がペコリと頭を下げた。
わかった。じゃあうちのスタッフを紹介する。
蛭魔がおもむろにそう切り出すと、まもりは「いらないわ」と答えた。
そして「だってかなりいるじゃない。今聞いても覚えられないし」と付け加える。
蛭魔は「確かにな」と苦笑した。
ちなみに「デビルバッツ」のメンバーは10名だ。
蛭魔以下、武蔵、栗田、十文字、黒木、戸叶、小結、雷門、雪光、石丸。
確かに今、全員の名前を告げても、覚えきれないだろう。
だが「デビルバッツ」の面々は、まもりに興味津々だ。
ここは男ばかりの合宿生活、担当編集以外に女性を見ることはないので、ついつい見てしまう。
まもりはそんな視線にウンザリするように、ため息をついた。
そして「いやらしい」と吐き捨てると、彼らを睨みつける。
険悪な雰囲気が漂いそうになったそのとき、明るい声が響いた。
まもりさん。せっかく来たんですから、楽しく過ごしましょう。
綺麗な海だし、皆さんのご厚意で滞在させていただくんですから。
とりなすようにそう言ったのは、アシスタントではなく世話係だと紹介された少年だ。
そして「1ヶ月間、よろしくお願いします。」と再び深々と頭を下げた。
誰か部屋に案内してやれ。
蛭魔がそう告げると、今日の当番である石丸が「どうぞ、こちらへ」と先に立って歩き出す。
この別荘では、家事は日替わりで当番制だ。
それも仕事の一環なので、手は抜かない。
その意識は「デビルバッツ」全員が共有している。
まもりさんって美人なのにキツイ性格なんだなぁ。
まもりたちが石丸に連れられて、階段を上がっていった後、思わずそう言ったのは雷門だ。
顔は俺、好みなんだけどと続けようとして思いとどまった。
仮にもこれから1ヶ月、一緒に仕事をする相手なのだから。
まぁテメーらには悪いが、1ヶ月辛抱してくれ。
あの女とのコラボは、オイシイからな。
蛭魔は肩をすくめて、そう言った。
確かにまもりは美人だし、漫画家としては有能。
だが独善的な性格は女として終わっていると、業界では有名だった。
でもよぉ、蛭魔。1ヶ月あれば恋が芽生えるかもよ。
冷やかすようにそう言ったのは、十文字だ。
すると蛭魔は、無言で全員を見回しながら不機嫌なオーラを放出する。
するとメンバー一同がオロオロしながら、十文字に「バカ」「どうしてくれる」という視線を送る。
しかしその不自然な沈黙に我慢できずに、そのうち全員が笑い出し、その場が爆笑に包まれた。
そして最後に「糞ガキども、とっとと仕事に戻りやがれ!」と蛭魔が一喝。
全員が自分の部屋に戻っていった。
3階のゲストルームに入ったまもりたちにも、1階からの爆笑が響いていた。
まもりはうるさいといわんばかりに顔をしかめている。
案内役の石丸が「すみませんね、うるさくて」と困った顔になってしまう。
2人のアシスタントも、まもりの顔色を窺う。
だが少年だけはニコニコと「賑やかで、楽しそうですね」と笑った。
居室に戻った蛭魔は、はぁぁと大きくため息をついた。
明日からあのまもりと、綿密にコラボ企画の打ち合わせをしなければならない。
考えるだけでウンザリした気分になるが、仕方がない。
それにしても、あれは誰なんだ?
蛭魔はふとまもりの後ろでニコニコと笑っていた少年のことを思う。
まもりのような完璧美人より、かわいい系が蛭魔の好みだ。
1ヶ月もすれば、恋が芽生える。
まもりにはありえなくても、あの少年ならありな気がする。
そんな妄想に少しだけいい気分になりながら、蛭魔は仕事の続きに取りかかるのだった。
この別荘へ来る唯一の道を、1台のタクシーが走って来る。
その車には、今日から1ヶ月ほど一緒に仕事をする人物が乗っている筈だ。
蛭魔妖一は大学在学時に「デビルバッツ」というグループを立ち上げた。
彼らの仕事は、漫画を描くことだ。
通常、プロの漫画家はあくまで個人であり、手が回らない部分はアシスタントを雇う。
だが「デビルバッツ」は完全分業制だ。
蛭魔は漫画家ではあるが、絵は全く描けない。
できるのは作品の世界観であるコンセプトや、ストーリーの流れを考えることだ。
それを作画担当者に指示するだけで、蛭魔の仕事はおしまい。
作画担当者も細かく作業が決まっているが、アシスタントという概念はない。
全員がプロの漫画家として「デビルバッツ」名義の作品を描いている。
彼らの仕事場とも言える事務所は、東京にはない。。
海辺の避暑地にあるその豪邸は、もともと蛭魔家の別荘として建てられたものだった。
1人息子の蛭魔はほとんど使われずにいたそこを改装し、自宅兼会社として使うことにした。
ネットがこれほど世界に浸透している今日、都心にオフィスを構える必要はなかった。
それにそもそも車さえあれば、ここは東京からのアクセスも悪くない。
蛭魔が大学を卒業するころには「デビルバッツ」は人気漫画家になっていた。
同時進行で、いくつもの作品を描くようになり、人数も増やした。
締め切りが近づけば、昼夜も関係なくなる。
だから全員がこの別荘に住み込んでおり、ワイワイとまるで学生の合宿のような生活を送っていた。
やがてタクシーが蛭魔邸の前に止まり、4人の人物が降り立った。
1人は「デビルバッツ」と同じくらい人気がある漫画家の姉崎まもりだ。
彼女は「デビルバッツ」とコラボレーションすることになっている。
だから執筆のために、この別荘に1ヶ月ほど滞在することになっていた。
残りの3人は彼女のアシスタントだろう。
若い男が2人と、女が1人だ。
まもりは小さなバック1つで、優雅に玄関へと向かう。
残りの3人は、タクシーから下ろしたいくつものスーツケースを汗だくになりながら運んでいた。
4階の自室の窓からそれを見ていた蛭魔は、階下に降りた。
すると計ったように、全員が玄関口に集合する。
そして別荘の玄関に現れた客を、出迎えた。
来たわよ。それにしてもすごい田舎。
まもりは不機嫌そうな表情で、そう言った。
蛭魔も「デビルバッツ」のメンバーも、そんな皮肉などスルーだ。
そして蛭魔が「3人で来ると聞いてたが、1人多いぞ」と聞き返す。
2人はアシスタント。もう1人は私の幼なじみよ。
漫画を描くんじゃなくて、身の回りの世話をしてもらうから。
まもりがそう告げると、3人の中の1人、童顔な少年がペコリと頭を下げた。
わかった。じゃあうちのスタッフを紹介する。
蛭魔がおもむろにそう切り出すと、まもりは「いらないわ」と答えた。
そして「だってかなりいるじゃない。今聞いても覚えられないし」と付け加える。
蛭魔は「確かにな」と苦笑した。
ちなみに「デビルバッツ」のメンバーは10名だ。
蛭魔以下、武蔵、栗田、十文字、黒木、戸叶、小結、雷門、雪光、石丸。
確かに今、全員の名前を告げても、覚えきれないだろう。
だが「デビルバッツ」の面々は、まもりに興味津々だ。
ここは男ばかりの合宿生活、担当編集以外に女性を見ることはないので、ついつい見てしまう。
まもりはそんな視線にウンザリするように、ため息をついた。
そして「いやらしい」と吐き捨てると、彼らを睨みつける。
険悪な雰囲気が漂いそうになったそのとき、明るい声が響いた。
まもりさん。せっかく来たんですから、楽しく過ごしましょう。
綺麗な海だし、皆さんのご厚意で滞在させていただくんですから。
とりなすようにそう言ったのは、アシスタントではなく世話係だと紹介された少年だ。
そして「1ヶ月間、よろしくお願いします。」と再び深々と頭を下げた。
誰か部屋に案内してやれ。
蛭魔がそう告げると、今日の当番である石丸が「どうぞ、こちらへ」と先に立って歩き出す。
この別荘では、家事は日替わりで当番制だ。
それも仕事の一環なので、手は抜かない。
その意識は「デビルバッツ」全員が共有している。
まもりさんって美人なのにキツイ性格なんだなぁ。
まもりたちが石丸に連れられて、階段を上がっていった後、思わずそう言ったのは雷門だ。
顔は俺、好みなんだけどと続けようとして思いとどまった。
仮にもこれから1ヶ月、一緒に仕事をする相手なのだから。
まぁテメーらには悪いが、1ヶ月辛抱してくれ。
あの女とのコラボは、オイシイからな。
蛭魔は肩をすくめて、そう言った。
確かにまもりは美人だし、漫画家としては有能。
だが独善的な性格は女として終わっていると、業界では有名だった。
でもよぉ、蛭魔。1ヶ月あれば恋が芽生えるかもよ。
冷やかすようにそう言ったのは、十文字だ。
すると蛭魔は、無言で全員を見回しながら不機嫌なオーラを放出する。
するとメンバー一同がオロオロしながら、十文字に「バカ」「どうしてくれる」という視線を送る。
しかしその不自然な沈黙に我慢できずに、そのうち全員が笑い出し、その場が爆笑に包まれた。
そして最後に「糞ガキども、とっとと仕事に戻りやがれ!」と蛭魔が一喝。
全員が自分の部屋に戻っていった。
3階のゲストルームに入ったまもりたちにも、1階からの爆笑が響いていた。
まもりはうるさいといわんばかりに顔をしかめている。
案内役の石丸が「すみませんね、うるさくて」と困った顔になってしまう。
2人のアシスタントも、まもりの顔色を窺う。
だが少年だけはニコニコと「賑やかで、楽しそうですね」と笑った。
居室に戻った蛭魔は、はぁぁと大きくため息をついた。
明日からあのまもりと、綿密にコラボ企画の打ち合わせをしなければならない。
考えるだけでウンザリした気分になるが、仕方がない。
それにしても、あれは誰なんだ?
蛭魔はふとまもりの後ろでニコニコと笑っていた少年のことを思う。
まもりのような完璧美人より、かわいい系が蛭魔の好みだ。
1ヶ月もすれば、恋が芽生える。
まもりにはありえなくても、あの少年ならありな気がする。
そんな妄想に少しだけいい気分になりながら、蛭魔は仕事の続きに取りかかるのだった。