レーテーの雫ー前編ー
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「急に投げるから、思わず口にいれちゃった。」
運転があまり得意で無いらしいそいつと席を交代する。
「でも、舐めてみて分かったよ。期待したようなシロモノじゃないってことが。」
「噂は噂に過ぎないってことか? …味で何が分かるんだよ。」
「うーん、そうだけど、そうでもない。」
運転席に腰を落ち着けて、獲物を眺める。思っていたよりも小さい。手のひらに転がして見ていると、助手席の小動物はまるで宝石の味を、キャンディの味でも思い出すように続けた。
「一部の鉱石が健康に効くとされるのは、それを肌に身につけると、微量の成分が皮膚吸収されて、人体がかるーいアレルギー反応を起こすから、代謝が促進するっていうトリックなんだけど、これも伝説の原義はそんな所かな。」
「代謝と記憶に何の関係が?」
「老人が温泉に行きたがるのは、元を正せば血行促進、代謝を上げるため。老化即ち代謝の低下、ってね。実際温泉に入った痴呆の老人が、お湯に浸かることで、痴呆の程度が弱まるのってよくある話でさ。これ、口に含んでたら、体温が上がって来たから、何かしらそういう鉱物である線が濃いね。」
「記憶は?」
「残念ながら。…それよりそれ、一回洗おうよ。」
立て板に水で、科学者めいた口上を述べたかと思えば、軽く頰を染めながら言い淀んだ。そういえばこいつの口の中から取り出して、軽く袖口で拭ったままだった。返すと、帽子のつばのほうの僅な空間に忍ばせ、被り直した。このまま道の真ん中に立ち往生もしてられないので、行き先も決まらないままに、車を出す。
「要するに、骨折り損のくたびれ儲け、って訳か。」
「まぁ、概ね。」
「やってらんねぇな。」
助手席の小動物は、窓を開けた。緩い風が吹き込んでくる。
「お前さん、これからどうする?」
「そうだな、とりあえずこれはもうお金に変えちゃおうか。分けられないもの。」
「勿体ねぇな、とっとけよ。」
「やたらと装飾品は身につけない主義だから。1つあれば十分。」
「1つも何も、何にも洒落っ気ねぇじゃねぇか、お前。帽子のことか?」
「まさか、もっといいもの。」
そう言って、襟首からもぞもぞと小さな鎖を引っ張り出した。そのネックレスには、青のような紫のような、小さな石が揺れていた。
「前はチョーカーだったんだけど、壊れちゃったからネックレスに直したんだ。昔のこと全然覚えてないけど、これをとっても大事な人から貰ったってことは覚えてる。」
誰にも見せたことなかったけど、と言って、ネックレスを手渡す。何故か激しく見覚えがあった。だが、思い出せない。
「おじさん、前見て前!」
「おっと」
つい夢中になって運転が留守になる。
「運転の仕方まで記憶喪失したの?」
「面白すぎて笑えねぇ冗談だな。土台お前さんがぺちゃぺちゃ話しかけるから、気が散っちまったんだよ。」
「あら、失礼しました。」
「…その石、見覚えがある。」
「うそ、どこで?」
「わからねぇよ、記憶障害はお互い様だろ?」
「う…まあ、そだね。」
隣にネックレスを返すと、それを夜景に透かしながら答えた。光が反射して、一瞬車の中に美しい模様を作る。
「これ、貰った時、すごく嬉しかったんだ。誰からもらったのか、覚えてないけど。一体誰がくれたんだろ。」
「さぁな。キザな贈り物だ。キザなヤツだろうさ。」
少なくとも俺なんかじゃなく。
しかし、その宝石に瞳を輝かせる横顔は、どうにも懐かしい気がしてならなかった。
***