レーテーの雫ー前編ー
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味方が居れば、こんな場所に長居の必要はない。
上がりを納めると、キツネ野郎は明日上席に会わせる、と言って俺たちをホテルに案内した。言うまでもなく、ガビアルの息がかかったホテルだ。用意された部屋の中に、予想通り監視カメラを複数見つける。アリバイ作りに一部のカメラにループ再生させる。
警備員の一人を、仕事仲間から拝借したペン型の催眠薬で眠らせ、制服を頂戴した。手筈通り大きなカバンを持って、束の間の相棒と約束した、ホテルのバックヤードに出向く。姿が見えないのであたりを見回すと、小さな声がした。
「ここ、ここ!」
見おろすと、ダンボールの中に体を畳んで納めている。さながら野良猫のようだった。
「凄いよ、面も裏も警備が厳重すぎて。」
「そうらしいな。」
野良猫は用意したカバンに器用に入り込んだ。周りの様子を伺い、カバンを持ち上げる。
狙いの宝石は、このホテルの地下貯蔵庫に厳重な警備のもと保管されている。
所定のポイントでカバンを通風口にあたる絶妙な位置に下げる。中身がつるん、と出て行く感覚がして、カバンが軽くなった。程なくしてセキュリティゲートが開く。中に入り、変装の制服を脱いで、無線を耳に付ける。
「このまま真っ直ぐ、だな?」
『うん。多分その先に赤外線警備システムがあるから注意して。』
「止められねぇのか?」
『ある程度解除できるものはしたけど、管理者権限っていうのかな。手持ちのパスコードじゃアンロックできなかった。』
セキリュティルームをジャックしたらしい無線相手が続ける。
「ま、こういう仕事には慣れてら。」
『聞かなかったけど、泥棒稼業?』
「時にはな。」
スコープを付けて赤外線を見る。まあ、派手なジャケットのアイツのようには行かないが、なんとかくぐり抜けた。ダミーのコンタクトで虹彩認証をパスし、宝物庫へ入った。
美術館さながらの宝物庫で、しばし彷徨うと、目当ての宝を見つけた。ダミーとすり替えて、外に出た途端、無線がばりばりと音割れした。
「どうした?」
返事はない。嫌な予感がして、打ち合わせの記憶を頼りにセキリュティルームを目指す。ドアを蹴破ると、束の間の相棒が大男に馬乗りにされている。反射的に発砲して、倒れた大男に下敷きになった野良猫を小脇に抱えた。
「あーあ、序盤はうまく行ってたのに。」
小脇に抱えた野良猫は、口惜しそうに感想を述べた。
「言ってる場合か。」
警報器がジリジリと鳴り始め、もう逃げも隠れもできない。小脇に抱えられたヤツは、後ろの追っ手目掛けて小さなダイナマイトを振りまきながら言う。
「ブツは手に入ったの?」
「ああ、そのポケットに。」
「へえ、これが。」
「見てる場合か。」
「思ったより小さくない?」
「それはまあ、俺も思ったが、にしたって、そんな場合じゃねぇんだよ!」
駐車場までたどり着いて、今まさに車を降りたばかりの男に野良猫を投げつける。猫はその一瞬で全てを察したらしく、狼狽える男の手からキーを奪った。
エンジンをかける数秒に、マグナムで追っ手を狙撃して、動き始めた車に飛び乗った。運転は任せて、後ろの追っ手を狙撃する。
空薬莢がアスファルトに弾く音を聞きながら、初めて仕事を共にする筈なのに、奇妙なほど息が合うことに、思いを巡らせずには居られなかった。
アクセルベタ踏みで100キロは走っただろうか。おしゃべりだった隣のガキがハンドルにしがみついたまま無口になった。小生意気な減らず口だが、無いのはもの寂しい。
「おいどうした? 口でも聞けなくなったのか?」
ふるふると首を振って、奴は顔は前を向けたまま、口を開いた。
桃色の舌の上には、眩いばかりの白さの、レーテーの雫が濡れて光っていた。
***