レーテーの雫ー中編ー
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「説明してもらおうか。」
大金を積んでかもめを頼んだ医者へ銃口を突きつけた。薄暗い、薄く消毒液が香る部屋で、雨音が響く。
「…かもめくんに会ったのかね。」
「残念ながらな。お前にはそれに見合った額を渡したはずだが?」
「驚いた。思い出したのか?君。」
「説明しろ。あいつを表の社会に戻してやるのが約束だ。」
「僕だってベストは尽くしたさ。でもあの子、君が思っているほど光の元の生き物じゃあないよ。」
医者は銃口を歯牙にもかけず、かもめが目を覚ましてからの話を訥々と話し始めた。
かもめは目を覚ました時は、ろくに口も聞けないような有様だった。衰弱して、記憶も失って。まるで年齢を逆戻りさせたようだった。眠りっぱなしで弱った体を、少しずつリハビリした。
医者は娘のようにかもめを可愛がった。俺に望まれたように、普通の女の子らしく、衣類や可愛らしい靴を買い与えたりもした。教育には支援をしたし、小遣いも渡した。しかし、初めて渡した金で、かもめが買ってきたのは、爆薬と火薬の本だった。
雲行きの怪しさを感じながらも、時は流れた。時折思い出したようにかもめは涙を零した。何かとても大切なことを忘れている気がする、と。
あまりに悲しむので、慰めになるかと、当時かもめが身につけていた、壊れたチョーカーを渡すと、その晩のうちにかもめは姿を消した。
「結局、その気のないものを引き止めておくことはできないんだよ。次元くん。何があの子にとっての幸せか、僕にはわからないがね。」
僕だってあの子を愛してたよ、娘のように思っていたんだ。と、机に飾った写真を撫でる。写真の中の医者と並ぶかもめは、笑顔ではあるものの、瞳は濁っていて、知らない人間のようだ。
「グレーなんだよ、彼女。」
「グレー?」
「黒の上の灰色は明るく見えるし、白の上の灰色はくすんで見える。…いつも暗がりにいる君のような人間には、光り輝いて見えるのかもしれないが。」
「かもめは生まれながらに陽の元では生きられないと?」
「そうじゃあない。陽の元で生きることが全ての生き物に幸せとは限らないってことさ。」
かもめが自ら暗がりで生きることを望んだというのか? それじゃあまりにも報われない。自分の眉間に寄った皺から全てを察したように医者は続ける。
「光や影にとらわれすぎてやいないかね?次元くん。白や黒じゃなく、あの子の居たい場所に留まることが、あの子の1番の幸せと、僕は思うよ。それは、君にとってもね。」
医者がカーテンを開けた。嵐は漸く過ぎ去って、僅かに晴れ間がのぞいている。
「君は自分のせいでかもめ君が傷つくことを何よりも恐れているようだがね、僕は、君といることで晒される危機と同じくらい、君と居ることで守られていたと思うよ。かもめくんは。」
そういって医者はベッドの下からトランクを取りだした。以前医者に渡したままの、たっぷりの金が詰まった鈍器のように重いトランク。
「果たせなかったから返すよ。君は知っているんじゃないか?あの子の本当に居たい場所を。」
外で激しくクラクションが鳴る。うるさくて窓から頭を出すと、見慣れた男が居た。
『じげェん!いるんだろう?』
***