レーテーの雫ー前編ー
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不思議と息が合うこの行きずりの同行者は、持ち合わせさえも息がぴったりで、まぁ要するに、二人とも満足にホテルを取るような金もなかった。
持ち合わせを出し合って、やっと小さなモーテルに入った。貨物列車からここまで共にする羽目になろうとは。
「シケてる!」
「ああ、シケてる。」
不意打ちに挑まれたジャンケンで敗北し、シャワーを先にとられた。
今回の獲物を片手に、外で煙草を燻らせる。
「結局、噂は噂ってことだな。」
なるほどまじまじと眺めれば、その怪しい輝きは忘却やら真実やらを謳われて仕方ないような美しさだった。奴が言ったように、握っていると、じんわりと熱を帯びる気がする。
噂、噂と思いながらも、握って瞳を閉じてみたが、何一つ思い出せないままだった。
今日は何故だか走ってばかりの1日だった。気をぬくと疲労感が襲ってくる。早いところ自分も休もうと部屋に戻ると、ベッドの上に、美しい生き物が横たわっていた。
思わず後ずさる。協定を結んだ握手から、なんとなく察しては居たものの、ぶかぶかのつなぎの下は、やはり女だった。
シャワーを浴びてそのまま倒れ込んだのだろう、まだ濡れた髪に、黒いタンクトップの肩紐が肩に落ちている。胸元には、何故か見覚えのある石。
ガキっぽい口調や態度よりはぐっと女らしかった。
首に痛々しい傷跡が残っていることに気付く。思わず手を伸ばすと、その生き物は甘ったるいうめき声をあげて目を覚ました。あくびを一つ。
「聞いてなかったな。」
「なにを?」
「あんた、名前はなんて言うんだ?」
生き物は瞳をぱちくりさせた。瞳を泳がせて、俯く。
「それがさー…思い出せないんだよね。」
「名前が分かんないんじゃ、重症だな。」
「おじさんは、なんて言うの。」
「次元大介。」
「じげん、だいすけ。」
女ははっとしたように瞳を揺らし、反芻した。
「…しかし名前がないんじゃ、お前さんを呼ぶのに困っちまうな。」
「別にいいよ、あれとかそれとかガキとかお前とかで。」
「そういう訳にはいかねぇな。人にはちゃんと名前がある。」
「名前ね。あったんだろうな。思い出せたらいいのにな。」
女はくたびれたように起こした体を再び横たえた。ベットの上で軽い体が少しだけ跳ねる。
「おじさんが何かつけてよ、なんでもいいから。仮の名前で。」
「仮の名前ね。」
女から感じる、なんとなく懐かしい感じを、響きを、音を、探る。縋るようにレーテーの雫を握りしめた。
一つの単語が浮かぶ。
「かもめ。」
その言葉は、不思議に口に馴染んだ。まるで以前何度も口にしたことがあるように。女はキョトンとして、それからニッコリとわらった。
「かもめ、かもめ。…いいね、気に入った。」
***