レーテーの雫ー前編ー
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バンの荷台に、札束の箱を入れる。廃工場に余っていたダンボール箱だ。豊かなんだか貧しいんだか。
「帰りも運転してくれんの?」
ガキは興味深そうに助手席に滑り込んだ。
「芋の礼だよ。戻ったら敵同士だ。」
「そっか、さみしいな。」
いつの間にか暗い空にはしとしとと雨が降り始めていた。焼けたばかりの芋を片手にエンジンを掛けた。
ワイパーが雨粒を払う音と、二人が芋を咀嚼する音だけが響く。間抜けだ、そして湿気に音を吸われたように静かだ。
「そのツナギの中にバターがあればな。」
「言えてる。バターでなくとも塩くらい入れとけばよかったな。清めにもなるし。」
軽口に笑いが溢れる。暗いと親密になったような気がするのは人の性か、薄暗い車内では決別の雰囲気が徐々に解けつつあった。
「なんでレーテーの雫なんて欲しい訳?」
「こういうのは先に話すのが礼儀だってテメーのセリフだろ。」
ガキは頰を膨らませつつ答えた。
「笑わない?」
「笑えるほど面白い話なら是非聞きたいね。」
「…レーテーの雫の通説は知ってる?」
「忘却、もしくは真実。」
「そう、それ。」
ガキはつまらなそうに窓の外を眺めながら言う。
「信じてる訳じゃないけど、気になるんだ。どうしても思い出せないことがあって。その石で思い出せるんなら、是非お目にかかりたいと思って。」
「なんつーこった。」
「何が?」
「目的まで一緒だよ。」
「おじさんも記憶喪失なの?若いのに痴呆なの?」
「…っとに口のへらねぇガキだな。おじさん言うな。俺の場合、気がするってレベルだよ。忘れている、気がする。」
「そっか。」
「そっちは?」
「1、2年の記憶がまるっと抜けてる感じかな?今と、ずっと昔の、間のところがすっかり無いんだ。」
また、しっとりとした沈黙が訪れた。速やかに詰所に戻るのは気が引けて、あえて遠回りの道を選ぶ。
「ねぇ、狙いが一緒なら、このまま協定関係を続けるのもアリじゃない?」
「お宝はひとつきりだろう。」
「こっちは確かめられればそれでいいからさ。赤字覚悟の火遊びだよ。」
「まぁ、そうさな。悪くねぇかも知れねぇな。」
「曖昧な返事。」
「俺だってお前みたいなヤツ、敵に回したかないさ。」
車が停まったタイミングで軽く握手を交わした。ガキだガキだ、と思っていた相手の手のひらが、柔らかくしなやかで驚く。
「決まり。」
「…なぁ、お前、以前どこかで会ったか?」
「なに? 口説いてんの、オジサン。」
「バカ言え。お前みたいなガキ。」
「…おじさんみたいに立派なヒゲの人、会ったら忘れないと思うんだけど。」
「俺だって、お前みたいなクソ生意気なガキ、会ったら二度と忘れねぇよ。」
雨はいつの間にか止んでいた。
***