スピンオフ「レーテーの雫」
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「かもめ、かもめ。」
腕の中で小鳥のように小さな鼓動で早鐘を打つ女に呼びかけた。畜生、俺のせいで、俺のせいで。取り乱す俺を落ち着けるように、かもめは冷たくなった手を俺の傷だらけの頰に伸ばした。
「大丈夫、解毒薬なら、あるの。」
かもめは肩で息をして、涙声で続けた。懐から小さな薬剤を取り出す。
「そういう相手だってわかってたから、もしもの時、と思って。準備してた。だけど…。」
「何躊躇ってやがる、時間がねぇんだぞ。」
「忘れちゃうかもしれないの。」
意味が分からなかった。沈黙を挟んでかもめは続けた。
「処方で、記憶が分断される可能性がすごく高いの。それも、一番重要な記憶を。」
一番、重要な記憶。
「…怖いの、死ぬより。」
かもめはぽろぽろと涙を零しながら、やっとそれだけ言った。そして一頻り涙を流した後で、首を振って、無理矢理に笑顔を作って言った。
「だめね、私、死なない女になるって決めたのに。」
意を決したように注射器に薬剤を吸い上げる。
「腕、出して。」
「先にお前だ。」
「だめよ、注射の仕方忘れたら困るもの。」
冗談のように囀るが、瞳は真剣だ。仕方なく腕を出す。いつもの調子で、ちくっとするよ、と囁いた。
注射の跡に小さな絆創膏を貼り、軽くキスを落とす。そして、かもめは震える手で、しかし正確に自分の腕にも注射をした。
自分より体が小さいかもめには、毒の回りが早いのは明確で、注射を終えると、もう息も絶え絶えだった。このまま本当に死んでしまうのじゃないかと思えるほどに。
「でも、これはもしかしたら二度とないチャンスかもね。」
無理矢理に戯ける彼女が悲しくて、何も言えずにいると、かもめは言った。
「同じ人に、もう一度始めてのように恋が出来るなんて、さ。ロマンチックじゃない?」
首を傾げて微笑む。この女にそんな顔をさせたことに、悔しく、情けなく、後悔が渇いた喉に焼け付くようだ。
「そんな顔しないで。」
「もう…お前、無理して喋るな。」
「だって、忘れちゃうかもと思ったら、やっぱり怖くて。」
かもめはへへ、と小さく笑う。
「ごめん、やっぱ、もう…目、開けてらんないや。」
かもめはぼろぼろの体で、ゆっくり瞳を閉じた。
「おやすみ、次元。」
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