そして出逢いは交差して
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呼び出された要件は、モルマント財閥の私営美術館の、破壊しないで欲しい物品についてだった。色々ぶっ壊したいくせに、金目のものは壊したふりして回収したいって、意地汚い男だよね、笑っちゃう。笑ったら殺されちゃうけど。そしてまたその物品を闇市に流した金で被害にあった団体に寄付するんだよ。団体は泣いて喜びあの人を慈悲深いカミサマか何かと勘違いして崇める。いやお前らからお宝盗んだ張本人ですけど~ってな!
ブカブカのつなぎを脱いで、おしゃれをする。おしゃれをするのはいつもこの時だけ。爆弾を仕掛けるのに怪しまれないために。誰だってこのちびっこい女の子が爆弾仕掛けてるとは思わないでしょ。まして幼い東洋人の見た目だもの。
私くらいの年頃だったら、化粧をして綺麗にするんだろうが、いつも鏡を見るような余裕は与えられていない。質素なワンピースに袖を通す、それだけが今私に許された唯一のおしゃれ。首輪を隠すために、今日はストールを巻いた。
いつもブカブカのつなぎを着るのは、この組織の中での渡世術。男所帯のここで、女らしいところを見せたら最後。首にこんなブサイクな首輪をつけて、挙句慰み者にされるなんて犬以下じゃん、真っ平御免だよ。あとは、ブカブカした服だと、中に色々仕込めて便利なんだ。
いつものように、小型の爆弾…小指の先くらいしかない小さな爆弾を、計算したそこかしこに仕込んで行く。人気のない美術館だから仕事が楽だ。ルパン三世はこの美術館の一体なにを盗む気なのだろう。
全ての爆弾を仕込んだところで、違和感に気づく。普通、美術品を痛めないために、展示フロアには窓がない。それなのに、最上階のこのフロアには小さな天窓がある…確か、設計上にはなかったはずの。時計を見ると、予告状の時刻の30分前。身構えたところで停電が起こり、噴霧器が天窓から落ちてきた。カプセル状のそれは、くるくると回りながら催眠ガスを振りまいた。ストールで口元を覆い、出口へ走ると、細い、だけど力強い腕に抱き止められてしまった。腕から逃れようともがくが、ビクともしない。ガスマスクをつけている男は、くぐもった声で呟いた。
「おイタはイケねぇなぁ、小さなネズミちゃん。」
ルパン三世!!
内腿に忍ばせていたホルスターガーターからコルトディフェンダーを引き抜こうとした瞬間、私の眉間にワルサーP38が突きつけられる。
「わお、私を殺す気?」
眉間にワルサーを突きつけられるが、まるで殺意を感じなくて、軽口を叩いてしまう。
「俺様女の子は殺さねぇの。」
銃口はそのままに、挨拶のように頰に優しくキスされてうんざりする。優しくするなよ、私なんかに。
かわいそうに、こんなところに痣つけて、と耳元で囁かれて、頰に痣があることを知った。もうずっと鏡を見るような生活はしていない。頭を踏まれたあの時に?
手のひらを上にあげて敵意がないことを示し、首の周りから耳を指差し、盗聴されていることを示すと、随分と察しの良いこの男は、知ってる知ってる、と頷いて、私の首輪に何か器具を押し当てた。
「これで盗聴器には雑音しか入らない。」
「…信じていいの?」」
「俺様をだ~れだと思ってんの。天下の大泥棒、ルパン三世だぜ?」
「あんたがあの人の何かを横取りしたせいでできたのよ、この痣は。」
「そいつぁ~悪かったな。もっかいお詫びにキスしたげる。」
「いらないわよ。」
「お前の依頼主を当ててやろうか?」
「依頼主、なんかじゃないよ。頼まれたことなんて一度もない。脅されたことならあるけどね。」
「イヴァン・ペルヴェム。…昔、君はただ技術ある若者だった、そうだね。」
「あら大変、このひとストーカーだわ。助けておまわりさん。」
「こういうとき茶化すのは俺様の仕事なんだけどな~。」
「調べたのね。」
「…君はただ技術ある若者だった。
エネルギー鉱物の採掘のためにダイナマイトを使うことで、川や海の水は汚れ、空気は淀み、子供達の皆気管支に影響を及ぼした。それに耐えられなかった君は、対象物の綿密な採寸と計算で環境を汚すことを防ぎ、小型のダイナマイトを使うことで粉塵を最低限に留めた。おまけに鉱物の採掘率も向上した。その技術はまさに職人芸で、その技術は他人に真似出来るものではなかった。ある日、男が現れた。我々を助けてくれないか。君の技術が必要なんだ。僕の国に、この場所と同じように、苦しんでいる村がある。」
「二つ訂正して上げる。別に真似できない技術なんかじゃない。誰も私の話を聞かなかっただけ。私が若い女だったから。…男って、何だってあんなにクソの役にも立たないプライドを持ってるの?」
「言葉が汚いですわよ、ネズミちゃん。」
「海の外なら違うかもって思ったの。実際違ったわ。故郷のような貧しさはどこにもないところだった。帰りたかった。帰れなかった。私の命は国の担保がわりに差し出されたものだったから。首に輪っかをつけられて飼い犬にされたわ。ネズミだけど。」
「でも、この首輪を外せば、自由になれるんだろ。」
「外しただけじゃ、自由にはなれないよ。外したら、私と、そして日本の一部が地図から消えるから。」
「あんだって?」
「ルパン三世とはいえ全部を知ってるわけじゃないのね。…私の故郷の地底深くには、ちっちゃい爆弾が埋まってるのよ。…何でわざわざ日本から技術者を拉致ったと思う?失敗しても自分の国に傷つけたくないからよ。」
「この爆弾を解除するだけじゃダメってことか。」
「日本のどこかに埋まった爆弾を掘り出して、それからもしも解除ができたら、ようやく私は助かる。もしも解除ができたら、ね。」
「もう一つの訂正は?」
「川とか海とか空気とか子供達とか、私にとってはクソどうでもいい。」
「ほんじゃあ一体何のために?」
「生きて日本の爆弾を掘り出せたら、教えて上げる。…ルパン三世、あなたは何故邪魔をするの?」
ルパンは私の目をじっと見つめた。
「プァーヴァルのメダル…これは古代の化学兵器を呼び覚ます鍵なんだ。そしてイヴァンはこれを集めている。」
「プァーヴァルの…。」
「そう、君が今まで破壊してきた建物は、このプァーヴァルのメダルが隠されていた。この国を誰よりも愛するイヴァンが、この国の民衆に熱く信仰される宗教の建築物を木っ端微塵にでも爆破したがったのは、このメダルを手に入れるため。そして、何で爆弾ネズミなんてキャッチーな名前をつけて、おんなじ手口で爆発事件を起こさせたか。それはこの一連の事件に関連性を持たせ、かつただ一人、たったの一人を原因として祀り上げるため、生贄にするため。」
メダルのことはしらなかった。だけど、そこから先は知ってる。
「この国で最も支持されている宗教の文化的建築物に暴虐の限りを尽くした異国人、それが私。そしてそれを捕獲したヒーロー。それが今あの人がなろうとしているもの。」
ゆっくりとルパンは頷く。
「悪趣味なシナリオだよなぁ?」
「でも、あなたっていうトリックスターがやってきたわけね。このシナリオに。」
「そゆこと~」
「…出来ることはする。でも私、飼いネズミだから。大したことはできない。」
「生きててくれればいいさ。時がきたら、お前さんを頼るよ。」
ルパンは茶目っ気たっぷりにウィンクをして、首輪に押し当てている器具を私に握らせた。
「ミュートできるだけでも随分いいだろ。」
「…私、ルパンに出会い頭に気絶させられたってことにしとくから、メダルを持って早く逃げて。」
「君みたいに物分かりのいいお嬢さん、おじさん大好き。」
「そりゃどうも。」
彼が窓から身を乗り出したのを確認して、ミュートの器具を懐にしまう。振り返る彼に、人差し指と中指をクロスさせてみせた。
***