緋色の終焉
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提示された条件に、身体中が鳥肌を立てた。こいつ、何を言っているんだ? 絶句した私に変わって、次元が唾を吐いた。
「取引ってぇのは、信頼関係があってから初めて出来るもんだぜ、知ってるかオッサン?」
「信じたまえよ。何度も仕事をした仲じゃないか。」
「あんたほど信頼ならねぇクライアントは、とっくの昔にブラックリスト入りだ。」
「考えてごらん、ただ一人の少女の命で、世界と、君たち大泥棒二人の命が救われるんだ。君たちに何の損があるというんだね?」
「もうすでにかもめちゃんが欠けるってぇのは、俺らにとって大損害何だけども?」
イヴァンは芝居掛かった深いため息をついた。
「私はただ…愛しているんだよ。愛し方を間違えたかもしれないが…かもめ。戻ってきておくれ。」
突然、身体中を這い回った手の感覚が突然蘇り、くらくらする。身体中から汗が噴き出す。
「君に重ねていた。我が先祖、エルヴィン・ヒューリーを。」
「やっぱりあんたがエルヴィンがプァーヴァル人の娘…ジェシカ・ペルヴェムに産ませた子供の子孫だったのか。」
早くのうちに、プァーヴァル族の科学技術の真価を見出していたエルヴィン・ヒューリーは、彼らに弟子入りし、持ち前の賢さと器用さで、やがて師であるプァーヴァル人を凌ぐほどの技術を身につけていった。
寡黙であったプァーヴァル人に対して…そもそもイタリア人との言語問題が故の隔絶だったが…社交的であった彼は、イタリア人とプァーヴァル人の橋渡しになろうと躍起になっていた。
しかし、彼の努力は虚しく、橋を渡すどころか、どちらの勢力につくのか、という板挟みに会う。
ある日、彼はプァーヴァル人に、首に爆薬を仕掛けられた。当時死刑囚に用いられた、鉄製の爆弾の首輪を。
通常死刑囚に用いられる100倍近い火薬を仕込まれたという。そしてそれを仕掛けたのは、彼の妻であるジェシカ・ペルヴェムだった。
ーーー腹のなかにいる彼の子に、父のいない人生を歩ませたくない一心で。
起爆装置が指輪の形にされたのはこの為である。
ジェシカの左手の薬指には、エルヴィンの起爆装置が光っていた。
死ぬことも許されず、プァーヴァル人につくことを余儀なくされた彼は、持ちうる全ての技術を注いで、全てを滅ぼす兵器を作る。
そして、時計塔で灰が降ったあの日、彼は力のかぎり熱弁を振るい、ようやく二つの民族は和解した。彼はそれを神の加護と信じ、晩年は宗教建築にその身を捧げた。
——表向きには。
「実際には、プァーヴァル人の大量虐殺だった!!」
エルヴィンが宗教に傾倒したのは、加護への感謝ではなく、自身の罪悪感からだった。彼はプァーヴァル人を売ったのだ。…そのエルヴィンも、さすがに幼き我が子には手をかけられなかった。プァーヴァル人の血は僅かながらに残された。
エルヴィンの首輪は死ぬまで外れる事はなく、彼の肖像に全て首にストールが巻かれているのはこの為である。やがて彼の身は朽ち果て、首輪だけが残った。
「そしてジェシカの指輪は、我が家に代々受け継がれ、次元大介、今お前の手元にある。」
「つまり、かもめちゃんの首輪は…」
「我が祖先、エルヴィンが身につけていたものだ。」
イヴァンは続ける。
「…祖先の雪辱を晴らしたかった。何も知らずにのうのうと生きるイタリア人が、神の加護にすがる奴らが。だが、もういい。いいんだ。我が遠い母が、子を守ろうと父に首輪をつけた気持ちが今わかる。かもめ、今は私の我が子といってもいい。ずっときみの成長を見守って生きてきた、これからも、そうさせておくれ、かもめ。戻ってきておくれ、私の可愛い子ネズミよ。」
「…なぁんだ、分かっちゃった。」
自分の首元に銃口を突きつけた。
「あんたが今一番恐れてるのは私ね?イヴァン・ペルヴェム。」
それまで穏やかだったイヴァンの表情が凍りついた。ビンゴ。
私一人の命で全てを放棄しよう、などと計算の合わない取引を申し出たことに合点が行く。手中に収めながら、真相を嗅ぎつけるまでは手出しをしてこなかったことにも。
結局真っ当に取引する気は鼻からなくて、私を手中に収めてから、二人を抹殺するつもりだったのだ。
「通常死刑囚に用いられる100倍近い火薬、だもんね?」
私の首についた爆弾は、日本のどこかに埋まっているものと連動している。
しかし、それ以前に、私のこの首に食いついたこの銀の首輪そのものの破壊力は、人一人殺すには余りあるのだ。
少なくとも、この建物に居る人間を、全員巻き添えにする程度には。
つまりこの場の実権を握っているのはこの私、爆弾抱えたちっちゃなネズミ。
私の気まぐれで、敵も味方も皆死ぬ。
途端に愉快になってきた。
笑いを噛み殺して呼びかける。
「ねぇ皆、逝く時は、一緒だよ?」
***