終わりのはじまり
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
もともと深く寝入っていた訳ではないが、ルパンが何か細工している音で目が覚めた。キンキンと金属音がやかましい。
「おう、起きたか次元。…ひっでぇツラだなぁ。シャワー浴びてこいよ。それから飯ィ。」
「かもめは?」
「まだぐっすりだよ。医者に行って点滴でも打ってもらった方がいいかもな。」
「お前、ちゃんと見てろよ。」
「はいはい。珍しいねぇ次元ちゃんが。」
「何度も同じこと言わすんじゃねぇ。」
数日ぶりの風呂だ。熱い湯に体をくぐらせて、自分の体が疲れていたことを知る。身体中の汚れを落として、少しは気分が良くなった。
焼いた卵に塩辛いベーコン、トースト、豆。
苦いコーヒーに再びタバコを誘われる。ぐっとこらえて飴を咥える。いつもは溢れるほど灰が溜まる灰皿には、飴の包みが重なった。メロン味。
「その願掛け。効果あんのか?」
「さぁ。知らねぇよ。」
ルパンの傍にある新聞紙、ゴシップ誌の束を手に取った。
「爆弾ネズミ、真の黒幕はルパン三世ーーか。」
「気持ちいいくらい虚構新聞だぜ。いつもは当てになんねぇゴシップの方が信ぴょう性があるくらいだ。」
ゴシップ誌の表紙には、画質の悪い拡大写真。ネズミに指を食いちぎられたイヴァン氏、とある。
「食いちぎったって、ねぇ。」
「咥えてもらう時は気をつけなよ。」
「お前のその減らず口、なんとか何ねぇのか?」
そのゴシップには、『ネズミに面識のある人物にインタビューに成功』とある。中身をパラパラとめくると、修道女がインタビューに答えていた。
『…あの日、時計台が爆破された日、彼女に会いました。彼女は、祈りをささげていた私に、帰るように忠告したんです。酷い雨が降るからと。結局その日、雨は降りませんでした。彼女は嘘をついたのです。私の命を救うために。…本当に非道な人間が、そのように心遣いを持てると思いますか?』
そのページには、他にも幾人も同じような証言をする民間人がいた。不意にルパンが声をあげた。
「お?お姫様が目を覚ましたぜ。」
かもめを覗き込むルパンを退ける。
「ルパン、そこ退け。」
かもめは目を開けていたが、その目には何も写っていないようで、ぼんやりと曇っている。抱き起こして、冷えた水を口に当てる。生きてるんだか死んでいるだかよくわからないその小さな生き物は、うまそうに自分の意思で水を啜った。最後の一口が溢れて、指で拭う。よかった。生きている。自分の心臓がどくどくと脈打つのを感じる。らしくもない。
「俺がわかるか?かもめ?」
濁った目が、少しずつ生き物らしい光を取り戻した。囁くように小さな声が、自分の名前を呼ぶ。
「次元…?」
「あぁ…俺だよ。全く無茶しやがって…。」
安心したのも束の間に、これからのことを逡巡する。まず何か食わせてやらねぇと。俺と同じ朝飯じゃダメだ。何かもっと消化にいいもの。果物とか…。本当に点滴でも打ってやらなきゃなんねんじゃねぇか。
細い声で、女は続けた。
「…なんで…助けたの…」
一気に記憶が蘇る。
俺を助けようと奔走した女。
俺を置いて逃げれば、きっとこんなに衰弱することはなかっただろうに。それでも逃げ切れるかギリギリのラインか。そこまで見越して、俺にメダルを託したというのか?この女は。
なぜ俺を助ける?
そう聞いた俺に、この小さな女はいった。
少し迷ったように、しかし、はっきりと。
世界中の男を知っているような顔で、優しく微笑んで。
『あなたみたいないい男、死なせちゃうのは惜しいから。』
不意に笑いがこみ上げてくる。
全く奇妙な女だよお前は。
アンビバレンスの美学っつったか。
醜いと美しいの混在こそ、もっとも美しい、とする美学。
その思想を初めて聞いた時にゃ、何のことだかさっぱりわかんねぇ、なんて思ったもんだが。
幼さと女らしさ、儚さと力強さ、単純さと複雑さ、美しさと醜さ。脆そうなのに、なぜか揺るぎないその瞳。今知っているお前のこと、知らなさすぎるお前の過去。光と影。
「何でってそりゃ…オメーみたいにいい女をみすみす死なせる訳に行かねえだろ?」
***