そして出逢いは交差して
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随分と疲れていたのだろう。糸が切れたように女は倒れた。気絶したのかと抱き上げれば、スヤスヤと寝息を立てている。
こんなところで。隙があるわけではないのに、不思議と不用心さがあるとは思っていたが、まさか寝るとは。倒れた拍子に帽子が滑り落ちて、あどけなさの残る顔があらわになった。しきりに目深に帽子をかぶって顔を隠していたが、その顔には大きな痣があった。痣をそっと指でなぞると、女はくぐもった声をあげた。自分が品性のない男だったら今頃どうなっていたか。それともこの娘はそんなところを見越して気を抜いているのか。
なんだってこの小さな女がーー少女と呼んでもいいような娘が、この組織に飼われているのだ。綺麗な顔にこんな痣まで作って。
首にきつくついた首輪がぬるりと光る。十中八九こいつの仕業か。起爆装置でもつけられて、脅されているのか。
人のことをおもちゃ呼ばわりした癖に、馬鹿丁寧に自分の手首へ薬を塗った細い指を撫でる。きっとこの細い指で何か美しいものーー花とか、砂糖菓子とかをつまんでいるのが本当のこの娘の人生だったのではないか、と想像して見覚えのある顔にハッとする。
この女、あの日カフェテラスにいた女。
指先にアイスキャンデーを握っていたことがフラッシュバックする。
いい仕事をする奴は、必ず最後まで仕事を見届ける。
つまり、この女こそが、連続爆弾魔、
爆弾ネズミーーー
断片的にピースが埋まりつつある、だがどうしても明らかにならない全容に歯ぎしりする。悪い予感が再び蘇る。爆弾事件はこいつの意思ではない。だがやったのはこいつだ。イヴァン・ペルヴェム。あの男の指示で。
随分と安心して眠っているらしい女の頭を膝の上に乗せて、頰に張り付いている髪を撫でると、女は薄く微笑んだ。
***
2、3時間が経ち、そろそろ起こしてやらないとまずいな、と、頰をつついてやると、女は寝返りを打って、更に腹に顔を埋めた。
「お嬢さん、そろそろ起きねぇとやべぇんじゃねぇかな?」
うーんと唸って仰向けになり、しばらく呆けたように目をパチクリしていたが、ようやく状況を飲み込んだようで、女は飛び起きた。
「よお、よく眠れたか?」
「ね、寝てた?! いつから?!」
「ちょうど2、3時間前。糸が切れたみてぇにな。」
「膝の、ここで?!」
「よだれ垂らしてねぇだろうな?」
顔を真っ赤にして帽子をこれ以上ないほど深く被る。ハンチング帽のようなそれは、どう頑張ってもさほど深くかぶれるものでもないだろうに。かわいいところもあるもんだ、と眺める。しばらく声にならないような声で唸っていたが、諦めて手錠を手に取った。両手を上げて、無言で応じる。
申し訳なさそうに手錠をかける女に、思いついて質問を投げかけた。
「名前は?」
「え?」
「名前があるんだろ、お前にも。」
女は迷ったように視線を泳がせた。ゆっくりとした手つきに、傷跡に触れないように注意して手錠をかけていることがわかる。
「また来るよな?」
「…来れたらね。」
教えてくれないのか、とその背中を見送ると、意を決したように女は振り向いた。
「かもめ」
「あ?」
「かもめ、私の名前。…もう誰も呼ばないけど。」
かもめ、と名乗った女は再び背中を向けた。
「かもめ。」
ゆっくりと振り向く女に、ニヤリと笑って注文を付ける。
「次来るときは、タバコも頼むぜ。」
***