キスミー・クイック
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「最近なんだか元気がないみたいじゃん?」
お前のせいだよ、と言いたくなる気持ちをぎゅっと抑えて瓶の蓋を開けた。件のぐい呑だか蕎麦猪口だかに注ごうとしたところで、慌てて止められる。
「あ、だめだよ!今日はストレートじゃなくて、カクテルにするんだから。」
「何でまた?」
「友達に色々カクテルの作り方を教えてもらったの。でも、私あまりお酒呑めないから、ちゃんと美味しくできてるか、次元に味を見てもらいたいんだ。」
「友達ねぇ。最近夜な夜な遊んでる男か?」
「友達よ。含みのない意味でね。…なんで男の子って知ってる訳?」
「な…なんとなくな。」
「ふぅん…まぁ、そう。生物学的には、男の子。」
トクトク、と音を立てて、かもめはシェーカーにスコッチを注いだ。
「遊んでるっていうか、取引したんだ。」
「取引?」
「相談を聞いてあげる代わりに、カクテルの作り方を教えて貰ってたの。でも、その相談事が解決したから、それも昨日でおしまい。」
スコッチに続いて、かもめは慣れた手つきで酒をシェイカーに注いで行く。いつの間に揃えたのか、香り付きのリキュールと、傍には生のレモンまで用意されて、中々本格派だ。
「お前が相談相手になるとはな。」
「私、意外と聞き上手なんだから。だから、次元も悩みがあったら話してくれていいんだよ?」
かもめがいたずらっぽく笑う。だから、お前のせいだよ、と、喉まで出かかった言葉をつばと飲み込む。
「らしくないじゃん、最近の次元。しゅんとしちゃってさ。」
「…その、友達って奴は何の相談してたんだ?」
「恋の相談。」
「お前に?」
「そうだよ。」
思わず乾いた笑いが出た。何かおかしい?と、かもめは口を尖らせる。
「お前がそんなに経験豊富だとは知らなかったな。」
「相談は経験じゃないよ。持たざるもののほうが実態をよく知ってるってね。」
ルパンと同じようなことを言う。あっという間にカクテルは出来上がった。ルビー色のそれは、いかにも女が好みそうな、果物の香りがする。不釣り合いなのは器だけだ。
「解決したのか?」
「そう。」
「ご立派。」
「大変だったけどね。」
「お前が女心を指南したのか?」
「ううん、だって、彼が好きなのは男性だよ?」
思いがけないことで、出来上がったカクテルに伸ばしかけた手が止まった。
「あんだって?」
「だから、体は男の子、心は女の子、の、友達。」
暗闇で抱擁を交わしたシルエットが脳裏に蘇る。あれは友情の抱擁だったのか。
出来上がった酒を一口含んで、美味しそうに頰を緩めた後、黙り込んだ自分を無視して、かもめは続けた。
「彼らに必要なのはほんのちょっとの勇気だけだったんだよ。…きっとこれからも色んな障害があるかもしれないけど、今生でせっかく愛せる人を見つけたんだから、チャンスは逃しちゃ勿体無いよね。相談に乗ったつもりが、こっちが勇気貰っちゃった。」
情けなく、腰が砕けそうなほど安堵した。かもめがいつもより雄弁なのは、酒の力か。自分もカクテルに口をつける。自分では恐らく頼まない、フルーツベースのカクテル。鼻先で甘酸っぱい香りが弾けた。好みの味とは違うが、呑み慣れたスコッチがベースだからか、随分呑みやすかった。
「…うまいな、これ。」
短い感想に、これも酒のためなのか、頰を染めてかもめは笑った。
「よかった。このレシピを教えてもらったとき、この味なら次元も好きかもって思ったんだ。おんなじ名前のペルノがベースのカクテルもあるんだけど。」
「なんて名前のカクテルなんだ?」
「それは…ナイショ。」
人差し指を唇に当てて、かもめは言う。言い方は色っぽいのに、仕草が妙に子供っぽくて、笑いが溢れた。
「忘れたのか?」
「ううん。当ててみて。」
「名前がわからないんじゃ、店で頼めないだろ。」
「…お店で頼んじゃダメだよ。」
「そんな妙な名前のカクテルなのか。」
「うーん…まあね。私に頼んでくれたら、いつでも出してあげる。」
「俺ぁカクテルに詳しくねぇんだよ。」
「当てたら、豪華商品。」
あてずっぽうで知っているカクテルの名前を連ねるが、一向に当たらない。かもめが口を尖らせてブーと答える。可愛くない。
「…それより、元気がない理由はなんだったの?」
「歯痛だよ、歯痛。」
***