秋の祭に
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アジトの古い物置でかわいいハンモックを見つけた。
先染めの布を織ったカラフルな自立式のハンモックで、随分埃をかぶっていたけれど、洗ったら新品とは言わないまでも、寝るには十分清潔になった。
今回のアジトは鄙びた商店街の外れ、西部劇にでも出てきそうな風情のある建物で、3階建。元々は1階が飲み屋さんだったみたいで、バーカウンターが備え付けられている。2階と3階が居住スペース。部屋はそこそこに広いけれど、部屋数が少ない。いつもは個別に部屋を押さえる私たちだけど、今回は都合がつかなくて、スペースを申し訳程度に即席のカーテンで仕切るような格好になった。文句はないけど、寝る時夜風を浴びるのが好きな私には、窓のない布の部屋はちょっとだけ不満だった。
共有スペースの窓辺に、綺麗にしたハンモックを立てる。広げると、ゆったりと眠れそうな大きさだった。二人で寝るには狭そうだけど。古いハンモックだったのでちょっぴり心配になって、下に平たいクッションをいくつかならべた。なかなかにコージー・ヌック。くつろいだ隅っこになって、私はワクワクした。
ハンモックのそばにちょっとした物が置けるように丸椅子を置く。読みかけだった本をここで読もうと思って、そしたらついでにサングリアなんか飲みたくなって。キッチンで色々支度をしてハンモックに戻ったら、先客がいた。
「ちょっと、私が準備したのに。」
「ここは共有スペースだろ。」
次元が帽子を深くかぶって、昼寝の姿勢になっている。ご丁寧に近くに灰皿まで用意して。全く油断も隙も無い。腹が立ったので、次元の上に寝そべった。
「おい。」
「私のハンモック。」
「名前なんか書いてなかったぜ。」
「屁理屈。」
本をパラパラとめくってみたけれど、分厚い本は仰向けに寝そべったまま読むには少し重すぎて、諦めて丸椅子に置いた。背中を振り返ると、次元が私のサングリアを飲んでる。
「私のサングリア!」
「名前なんか書いてなかったぜ。」
「おしゃれカフェの飲み物でもなきゃ名前なんか書かないわよ。」
「何だよおしゃれカフェって。」
文句を言う私の口に、次元がさっきまで咥えていたストローを押し付けた。全くもう。全くもうだよ、全くもう。窓から風がふわっと吹き込んで、戯れに火照った頰を撫でた。狙い通り、ここは最高のスペースだ。
「いい場所見つけたな。」
「でしょ。ここの窓なら後ろ空き地だから、開けっ放しで問題ないしね。」
「悪くないねぇ。二人で寝るには狭いことを除けば。」
「だから、次元が降りればいいじゃない。」
「そんなに言うなら降ろしてみな。俺ぁ寝る。」
「もう、ばか。」
次元は再び帽子を下げて寝る姿勢になった。むかつくから降りてやらない。でも、背中に感じる暖かさは、私の胸を高鳴らせて、ちょっと眠れそうにない。
しばらく眠ってみようと努力したけれど、無理っぽいのでうつ伏せになって次元の心臓の音を聞く。いつもの鼓動。憎たらしいな、こっちはちょっと心音上がってるのに。寝息を立てる彼のヒゲに指を絡ませた。
不服、だけど、こんななんでもない時間が、すごく幸福。
「…おい、鬱陶しいぞ。」
触りすぎたのか、浅い眠りから冷めた彼が冷たい目を帽子の下から覗かせた。低く唸るような声に、昔なら縮み上がっていただろうけど、彼をよく知った今なら怖くはない。
「起こしちゃった?」
「土台寝れねぇよ、お前さんが上に乗っかってたんじゃな。」
「コーフンしちゃった?」
「馬鹿、重てぇっつってんの。」
「あ、聞き捨てならない。」
全然本気で言ってないって分かってるけど、ヒゲをちょっと引っ張ってみる。
「感謝していいくらいよ、こんな上質な掛け布団他にないんだから。」
「フン、そうかも知んねぇな。」
彼は喉の奥で笑って、強い腕を私のお尻と腰のあたりに回して、私を抱き寄せた。その腕の強さが嬉しくてドキドキする。顔を寄せて耳元で囁いた。
「ね、次元。」
「何だ。」
「ちゅうしてもいい?」
「わざわざ聞くなよ。」
そのまま頰に軽く唇を寄せた。愛おしさに頬ずりする。ヒゲがくすぐったい。首元に顔を埋めると、たばこと彼の匂いが鼻腔をくすぐる。不意に彼に脇のあたりに手を突っ込まれて、抱き上げるように体を離された。
「なぁに?」
「…場所が違うだろ。」
「あら、どこにして欲しかったの。」
「生意気。言わなきゃ分からねぇほど朴念仁なのか?」
指先で唇に触れられる。くすぐったい。
「素直じゃないなあ。」
自分よりも大きな頭の、ヒゲだらけの頰に手を添えた。ゆっくり柔らかく口づけする。唇を離そうとすると、そのまま頭に手を添えられた。舌先が触れ合う。思わず声が漏れた。
サングリアを飲んだ後の、ほんのり甘酸っぱいキスは、脳を痺れさせるように心地よくて、背筋がぞくぞくする。
自分から仕掛けたキスだから、なんだか負けたくなくて、柔らかく舌を伸ばして貪欲に絡めてみるけれど、組み伏せた男のテクニックには遠く及ばない。
気持ちよ過ぎて呼吸が辛くなってきて、身体を離そうとするけれど、またも強い腕が引き留めた。不安定なハンモックの上ではどうやっても逃れられない。
ふと、階段を上がってくる足音が聞こえた。
***