続きは満月の夜に
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お風呂から上がって、次元が居間に戻ってきた。いつもオールバックにしている髪が崩れて、前髪が顔を隠している。
「おかえり。」
「おう。」
即興で企てた計画を実行することを思って心臓が早鐘を打つ。出来るだけ悟られないように、小さく深呼吸をした。彼はどういう訳か鼻をひくつかせている。
「この匂い、それだったのか。」
次元が示したのは私の手元のボディークリームだった。
「匂い、きつかった?」
「いや、そういう訳じゃないが。お前さんから最近甘い匂いがしてたから、香水でも付けてるのかと思ってな。」
何も言わないだけで、香りには気付いてくれていたのだと思うとたまらなく嬉しかった。小躍りしそうな気持ちを抑えてクリームの器をぎゅっと握る。出来るだけ平静を装って、私は計画を実行した。
「最近、乾燥するからね。」
「そうらしいな。」
「乾燥すると痒くなっちゃうし。」
「そりゃ、そうだろうな。」
「手とか足とかは自分で塗れるからいいんだけど、背中とか、うまく塗れないんだよね。手が届かなくて。」
「ほぉん。」
「次元、塗ってくれないかな?」
案の定沈黙が訪れた。恐る恐る彼の方を見ると、あんぐりと口を開けて、手にしかけたリモコンが、ソファに軽くバウンドして床に落ちていった。
「…お前、どうやら本当に俺が男だってことを忘れてるらしいな?」
「忘れてないってば。言ったでしょ?信頼してるだけだよ。」
「信頼してるっつっても、大の男にそんなこと頼むもんじゃないぜ。」
「私が背中が痒くて困ってるってだけじゃない。背中にクリームを塗るだけのことがなんだっていうの? ほら、早く。お願い。」
問答無用でシャツを手繰り上げてソファに寝そべった。火照った頬に革製のソファがひんやりと気持ちいい。気恥ずかしさをソファの隙間に埋めて息を殺していると、彼が近づいてくる気配がした。
「やれやれ…どの辺りが痒いんだ? お嬢さんよ。」
「肩甲骨のとこらへん。」
クリームの蓋をあける小さな音が、体に震えるほど響いた。冷えたクリームが遠慮がちに背中に乗って、その冷たさに思わず声を上げてしまう。
「なんつー声だよ。」
「冷たかったんだもん。普通は手で温めてから塗るんだよ。」
「悪かったな。こんな洒落たもんには縁のない人生でね。」
「…いいから、ちゃんと塗って。」
大きな暖かい手が背中に添えられて、体が小さく震えた。その無骨な指先は、戸惑ったように、でも、優しく丁寧に、私の背中を滑っていった。
ずっと心待ちにしていた触れ合いに、思わず涙が溢れそうになる。
心地よさに身を任せて目を細めていると、不意に手が離れていった。シャツを静かに直される。
「…もういいだろ。」
もっとずっと触れていて欲しくて、なにか繋ぎ止める言葉を探したけれど、私のさして広くもない背中にクリームを延ばした彼は、一仕事終えた時のようにくたびれた様子で、それ以上何かをねだることは出来なかった。
***