金曜日にキスするひいあい

②キッチン

 卵を溶いて焼くだけなら簡単なのに、それにチキンライスを包むという行程が加わるだけで難易度がグンと上がる。
 でもこのひと工夫でヒロくんが大喜びしてくれるんだから、おれは一所懸命オムライスを上手に作る練習をした。
 社員食堂で美味しそうにオムライスを食べるヒロくんを見たり、部屋で椎名先輩が作ってくれるらしいオムライスのことをきらきらした目で話してくるヒロくんを見ていたら、おれだってちょっとくらい興味が出る。
 試しに一度作ってみたことがあるんだけど、べちゃべちゃのチキンライスに破れた卵焼きを乗せただけのそれが出来上がった。卵も焼き過ぎてパサパサだったし、味も薄い。ヒロくんの大好物と同じ名前をつけるのも申し訳ないくらいの料理だったけれど、ヒロくんはとても大げさに喜んでくれた。
 何でもできるヒロくんなら、自分で上手に作れるはずだ。そう弱音を吐いたけれど「藍良が僕のために作ってくれたのが嬉しいんだよ」って言ってくれた。
 おれが責任をもって胃におさめるつもりだったのに、ヒロくんはおれの食べかけていたそれを全部食べてくれた。
 味がイマイチなのはおれが一番よく知っていたのに、ヒロくんは「美味しい!」って大きな声で絶賛してくれた。そのあと何度も「あの時藍良がオムライスを作ってくれて嬉しかった」と言われた。
 どうやら色んな人に自慢してまわったらしく、思いがけない人物から「仲良しだね」「ご馳走様」とからかわれたりした。


 こうなったらおれは、オムライスを練習するしかなくなった。
 だって、おれがヒロくんにオムライスを作ってあげた話が勝手に広まっているのに、そのオムライスはおれにとっては失敗作だったんだから。
 絶対に成功させて、上手に作れるようになって、おれも納得する形でヒロくんをちゃんと喜ばせてあげたい。
 そうすればトーク番組で誰かにネタにされることがあっても胸を張って「ちゃんと美味しく作れました!」って言えるし。
 そしておれは今、星奏館の共有キッチンでオムライスをひとつ完成させていた。部屋に備え付けてあるキッチンよりもこっちのほうが火力が高いらしく、チキンライスはまあまあ美味しく仕上がったし、苦手な卵で包む行程も、動画サイトで見た『誰でも簡単! オムライスの作り方』動画で紹介されていた、簡単に卵でチキンライスを包む方法を実践したらなんとか破れずに上手くいったのだ。


「いい匂いがするよ!」
 出来上がる時間を狙って呼び出しておいたヒロくんが、早速キッチンに現れた。我慢できずに途中で来ちゃうかと思ったけど、大人しく部屋で待っていてくれたみたい。
「じゃーん、上手にできたよォ」
 つい手癖で描いたケチャップのハートマーク。ヒロくんにサービスしすぎかなって思ったけど、これくらいで喜んでくれるならお安い御用だ。
「嬉しいよ藍良! 嬉しくてハグしたいくらいだよ」
「そ、それは後で! 出来たてを食べてよォ」
 オムライスを見て目を輝かせたと思ったら、おれの顔をまっすぐ見てくるから照れてしまう。
 おれはオムライスが乗った皿をヒロくんに突き出した。ヒロくんがそれを受け取る前にはっとしてポケットに手を突っ込む。
「そうだ、写真を撮らないとね」
 ヒロくんがスマホのカメラを構える。オムライスを持ったおれごと写真におさめた。
 ヒロくんのその行動は「SNS更新のために写真を撮る癖をつけて」というおれの指導の賜物だから咄嗟に断れなかった。
 さっきのヒロくんの発言のせいで顔が少し熱いけど、写真なら分からないかな……。
「それ、絶対SNSにアップしないでよォ?」
「もちろんしないよ! ひとりで眺めることにする」
「それはそれで……」
 ヒロくんはおれの手からそっとオムライスの皿をとってキッチンに置き、もう一度写真を撮った。
「本当に僕が食べてもいいの?」
「うん。この間勉強教えてもらったお礼だし」
「ありがとう! 早速いただくよ」
 待ちきれないのか、ヒロくんはキッチンに立ったまま味見をするようにスプーンを使って一口オムライスを食べた。口に含んだ瞬間ヒロくんの表情がもう一段階明るくなった気がしておれはほっとする。
「美味しいよ!」
「よかったァ、動画見ていっぱい練習したんだよォ」
 安心して力が抜ける。これで「藍良の作ったオムライスは美味しい」と言ってくれるヒロくんを嘘つきにしないで済む。
「藍良も食べてみて」
「え、おれ味見したよ?」
「いいからほら、あーん」
 そう言って、ヒロくんがスプーンで一口すくって今度はおれに向けてきた。卵を少し被って小さなオムライスみたいになったそれを、おれはされるがまま口に含む。スプーンを共有するなってツッコミを入れる暇がなかった。
 咀嚼すると、チキンライスの程よい塩味が口の中に広がる。ふわふわの玉子焼きの控えめな味とケチャップの酸味のアクセントがバランスよく感じられた。
「ん、美味しい」
 これは自画自賛していい。大成功だ。
「これなら毎日食べられるよ」
「毎日は大げさァ」
 そう言って、ヒロくんはまた一口それを食べた。
「もう、お行儀悪いから座って食べて」
「そうだね、一緒に食べよう」
 テンションが高いヒロくんに今更恥ずかしくなってきた。夕飯時になると人も増えるだろうし、早く食べさせちゃおう。
 食堂のテーブルに向かい合って座り、おれは自分が作ったオムライスを喜んで食べるヒロくんを動画におさめた。


 おれは時々それを見返して「また作ってあげようかな」なんて考えている。おれが作るオムライスが、ヒロくんにとっての一番のオムライスになったらいいな。




おわり
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