金曜日にキスするひいあい
⑩アンコールの後で
歓声が聞こえる。
出演者を称えライブの終了を惜しむ、感謝と満足と喪失がないまぜになった、ファンの皆の声が聞こえる。
一彩は、隣を歩く藍良の横顔を伺う。
その歩みは、ステージから離れるごとにだんだんと遅くなっていった。
ステージではまだ照明が輝いていて、客席の退場のアナウンスが流れている。
ここだけ切り取られたように暗くて静かだ。
「終わっちゃったァ」
藍良がぼそっと呟いた。
その一言の後半が震えていて、一彩にそれを気づかれたのを悟った瞬間、藍良は涙を堪えるのを諦める。
「まだステージにいたかったなァ、まだ歌ってたいよォ」
ぽろぽろと涙の雫が頬を伝う。
一彩は、汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにした藍良を黙って抱きしめた。
袖と通路の間の名前の分からない空間で、一彩は藍良が落ち着くのを待った。
反対の袖から退場した巽とマヨイが心配して駆けつけてくれると、おさまったはずの藍良の涙がまたあふれてきた。
藍良は一彩と一緒に、巽とマヨイに向かって両腕を広げ、四人でお互いを称え労いあった。
「楽しかったね、藍良」
「うん」
楽屋のソファで、藍良は一彩にもたれて休んでいた。
さっきまでステージ上で走り回っていたのが嘘のように、二人は小さくまとまっている。
「今日の藍良も、とても綺麗だったよ」
「ありがとォ」
泣いて少し目が腫れたのと、連日行ったライブの疲れからか、藍良は眠たそうにしている。
「ヒロくんも……」
ぼそぼそした声で藍良が呟く。
「ん?」
「ヒロくんも綺麗だったよ」
「ふふ、藍良に褒められると嬉しいな」
一彩が藍良の顔を覗き込むように笑いかけると、藍良が一彩の頬を手で挟んで見つめた。
しばらく何かを迷うように目を泳がせた後、手を放し目を逸らす。
「やっぱり後でにする」
「え、今何をしようとしたの? 藍良?」
「うるさい」
さっきまで肩に頭を乗せてくっついてくれていた藍良が、反対側に傾いてソファにこてんと横になってしまった。
「藍良ぁ」
「後でしてあげるから!」
抱き着いて来ようとする一彩とそれを押し返す藍良が揉み合っていると、楽屋にマヨイが戻って来た。
「お、お二人とも、ケータリングの用意ができたようですよぉ」
「行く行くゥ、おなかすいたァ」
藍良がぐいっと一彩を押し返し、一緒に立ち上がる。
マヨイが開けたドアから、巽の姿も見えた。
「四人で食べ切れるか心配なくらい用意していただいてましたな」
「皆が食べ切れない分は僕が食べるよ。僕もお腹ぺこぺこだ」
四人は食事が用意されている部屋へ向かうことにする。
身体はへとへとだけれど、回復するためには何か食べなければならない。
「ヒロくん」
「なに? 藍良」
「ん」
一彩の前に片手を差し出す藍良。
一彩はその手をとって口元に寄せ、藍良の指先にキスをした。
「はぁ? な、何してんのヒロくん!」
手を引っ込めて逃げようとしたが、一彩の握力で手を握られていてはそう振りほどけるものではない。
「さっきおあずけされたからね」
「手ェ繋いでって意味なんだけど!」
「繋いでるよ」
「もォー!」
にこにことしたり顔の一彩に、元気が戻ってきた藍良。マヨイと巽もつられて微笑む。
四人は手を繋いで、廊下を歌いながら歩いた。
アンコールで着用したおそろいのTシャツ姿で、すれ違うスタッフたちに笑顔を残しながら。
おわり
歓声が聞こえる。
出演者を称えライブの終了を惜しむ、感謝と満足と喪失がないまぜになった、ファンの皆の声が聞こえる。
一彩は、隣を歩く藍良の横顔を伺う。
その歩みは、ステージから離れるごとにだんだんと遅くなっていった。
ステージではまだ照明が輝いていて、客席の退場のアナウンスが流れている。
ここだけ切り取られたように暗くて静かだ。
「終わっちゃったァ」
藍良がぼそっと呟いた。
その一言の後半が震えていて、一彩にそれを気づかれたのを悟った瞬間、藍良は涙を堪えるのを諦める。
「まだステージにいたかったなァ、まだ歌ってたいよォ」
ぽろぽろと涙の雫が頬を伝う。
一彩は、汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにした藍良を黙って抱きしめた。
袖と通路の間の名前の分からない空間で、一彩は藍良が落ち着くのを待った。
反対の袖から退場した巽とマヨイが心配して駆けつけてくれると、おさまったはずの藍良の涙がまたあふれてきた。
藍良は一彩と一緒に、巽とマヨイに向かって両腕を広げ、四人でお互いを称え労いあった。
「楽しかったね、藍良」
「うん」
楽屋のソファで、藍良は一彩にもたれて休んでいた。
さっきまでステージ上で走り回っていたのが嘘のように、二人は小さくまとまっている。
「今日の藍良も、とても綺麗だったよ」
「ありがとォ」
泣いて少し目が腫れたのと、連日行ったライブの疲れからか、藍良は眠たそうにしている。
「ヒロくんも……」
ぼそぼそした声で藍良が呟く。
「ん?」
「ヒロくんも綺麗だったよ」
「ふふ、藍良に褒められると嬉しいな」
一彩が藍良の顔を覗き込むように笑いかけると、藍良が一彩の頬を手で挟んで見つめた。
しばらく何かを迷うように目を泳がせた後、手を放し目を逸らす。
「やっぱり後でにする」
「え、今何をしようとしたの? 藍良?」
「うるさい」
さっきまで肩に頭を乗せてくっついてくれていた藍良が、反対側に傾いてソファにこてんと横になってしまった。
「藍良ぁ」
「後でしてあげるから!」
抱き着いて来ようとする一彩とそれを押し返す藍良が揉み合っていると、楽屋にマヨイが戻って来た。
「お、お二人とも、ケータリングの用意ができたようですよぉ」
「行く行くゥ、おなかすいたァ」
藍良がぐいっと一彩を押し返し、一緒に立ち上がる。
マヨイが開けたドアから、巽の姿も見えた。
「四人で食べ切れるか心配なくらい用意していただいてましたな」
「皆が食べ切れない分は僕が食べるよ。僕もお腹ぺこぺこだ」
四人は食事が用意されている部屋へ向かうことにする。
身体はへとへとだけれど、回復するためには何か食べなければならない。
「ヒロくん」
「なに? 藍良」
「ん」
一彩の前に片手を差し出す藍良。
一彩はその手をとって口元に寄せ、藍良の指先にキスをした。
「はぁ? な、何してんのヒロくん!」
手を引っ込めて逃げようとしたが、一彩の握力で手を握られていてはそう振りほどけるものではない。
「さっきおあずけされたからね」
「手ェ繋いでって意味なんだけど!」
「繋いでるよ」
「もォー!」
にこにことしたり顔の一彩に、元気が戻ってきた藍良。マヨイと巽もつられて微笑む。
四人は手を繋いで、廊下を歌いながら歩いた。
アンコールで着用したおそろいのTシャツ姿で、すれ違うスタッフたちに笑顔を残しながら。
おわり
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