【ログ】Xで公開したひいあい短編
ふわもこパジャマ
今日の仕事はロケ。遠方での撮影だったから、おれとヒロくんは帰宅が遅くなることを言い訳にホテルを予約した。観光客用の安いツインルームだけれど、一晩ゆっくり過ごすには充分。
「疲れたねェ」
後ろで部屋の扉が閉まると静寂が広がった。おれたちがスリッパに履き替える音とキャリーケースを転がす音がうるさく聞こえるくらいだった。キャリーを広げるとすぐ歩きにくくなってしまうくらい狭い室内。歩き疲れたおれは、一旦全身を伸ばした。
「藍良、コートをかけられるよ」
「んーっ、ありがと」
伸びをしているおれの後ろから、スッとヒロくんの手が伸びてきて後ろからコートのボタンを外された。
おれは脱がされるまま、コートをヒロくんに手渡す。おれはクロゼットにしまわれるそれを見送って、二つあるベッドのうちの片方に思い切り寝ころんだ。リネンの匂いを隠さない控えめなせっけんの香り。ホテルのベッドの匂いだ。
ヒロくんがベッドサイドにあるランプの明かりをつけて、おれが転がっているベッドに勝手に上がってきた。
「ちょっと、ヒロくん」
マットレスを弾ませながらヒロくんがおれに覆い被さる。思わず身体を起こそうとしたけれど、間に合わなかった。背中にヒロくんの腕がするりと伸びてきて、おれを逃がさないように絡めとる。嬉しそうに笑って、おれの顔を覗き込んできた。サイドランプの明かりが、ヒロくんのいつもと違うピアスをきらりと強調する。この時を待ちわびていたと伝えてくる、熱を湛えた視線。
「久しぶりに二人きりだね」
「う、うん……」
目を逸らして頷いたら、キスをされた。それは軽く触れるだけですぐ離れて、もう一度深く口づけられる。いつの間にかヒロくんの手がシャツの裾を捲り上げて肌を撫でられた。
ヒロくんにつられて、息が荒くなる。ご飯もお風呂もまだ済ませていないのに、久しぶりに触れるヒロくんの体温が嬉しくて、そんなことは後回しにした。
肌にふれるヒロくんの熱が心地よくて、おれは目を閉じる。身体の芯がすでに、ヒロくんの熱を求めて甘く痺れ始めていた。
*
「藍良にプレゼントがあるんだけど」
お風呂を済ませ、部屋にあった出前のチラシを眺めていたら、ヒロくんがタオルを頭に被ったままキャリーの中を探り出す。持ち上げたそれを見せる前に、ちらりとこっちを見る。
「え? なに?」
急かすおれに手渡されたそれは、大きな白い袋に入っていてやわらかい。ゴールドの上品なリボンを解くのをヒロくんがじっと見つめている。中を確認すると、有名ブランドのパジャマが入っていた。淡いグリーンのふわふわの生地。フード付きでボタンで留めるタイプ。ショートパンツと上下セットで、胸のところにレモンの刺繍がついていた。
「かわいいパジャマ! ありがとう、ヒロくん」
ヒロくんの大好きなレモン柄なのはまあ、置いといて。形と色は気に入った。おれは早速パッケージを破ってパジャマを取り出す。生地の触り心地が良すぎて、思わず頬ずりをした。
「かわいい、気持ちいい~」
「せっかくだから、今夜それを着て欲しいんだけど」
「え?」
言われなくてもそうするつもりだったけれど、あえてヒロくんから言われると、なんとなく意地悪したくなる。
「なんで? これあるじゃん」
おれはさっき袖を通したばかりのナイトウェアの裾をつまむ。ホテルの部屋に最初から置いてある、浴衣のような形をしたそれは、今ヒロくんも身に着けている。
「そうだけど、その……今度こういう機会がいつあるか分からないし」
目を泳がせているヒロくんの顔が少し赤くなっている気がする。つまりヒロくんは、これを着たおれと今夜一緒に過ごしたいということだ。でないとこのタイミングで渡さないだろう。今日は誕生日でもなければ記念日でもない。
「そういうことなら、まあ……着てあげなくもない」
「よろしくお願いするよ」
ヒロくんはおれがかわいい服を着ていると喜ぶ。おれがヒロくんの好みそうな服を着て見せたことは何度かあるけれど、まさか自分から着て欲しいものをプレゼントしてくるとは思わなかった。
「分かった。着替えてくるから、出前頼んでおいて」
おれはヒロくんにチラシを渡して食べたいものを伝え、パジャマを持って風呂場に行く。別に今更、着替えを見せるのを恥ずかしがるような関係でもないんだけど、こういうのはちゃんと整えてからお披露目したい。
ヒロくんが贈ってくれたパジャマは、自分でいうのもアレだけどおれによく似合っていると思う。ヒロくんの見立てがいいのかたまたまなのか。おれの薄い肩や胸板が生地のおかげでふんわり丸くなった。だぼっとしたそれに比べてショートパンツはすっきり短く、生地の量が全然違う。上半身の肌の露出が少ない代わりに太ももから下はむき出しだ。
ふぅん、我ながらかわいいんじゃない。
ヒロくんが電話で出前の注文をしている声が聞こえる。おれはその声が止むのを待ってからドアを開け、居室に戻った。
「ヒロくん、着たよォ」
ベッドに腰掛けてスマホをいじっていたヒロくんが顔を上げる。おれと目が合って、その後すぐに全身を上から下まで眺められたのが分かった。ヒロくんが惚けたように笑う。
「かわいい。よく似合うよ、藍良」
「でしょォ! おれ、何着てもラブ〜くなっちゃうんだよねェ」
この服を選んだのはヒロくんだけど、ヒロくんが褒めてくれているのはおれ自身。その自信があったからおれはへへんと胸を張った。ヒロくんが目を細める。しばらく無言で見つめられた後、ヒロくんの喉が小さく動いて、息を吸う音が聞こえた。
「藍良」
おれの名前を呼ぶ声が甘い。見せつけるようにまっすぐ伸ばした身体を、そのまま迷いなく抱きしめられた。
「気に入ってくれたなら嬉しいよ」
「それはこっちの台詞でもある」
「ふふ、気に入ったよ。すごく」
生地の肌ざわりがいいから、抱きしめる方も、抱きしめられる方も気持ちがいい。これは新しい発見かも。
明日はオフだし、今日は夜更かししても大丈夫。おれはヒロくんと一緒に見ようと思って持ってきたライブ映像のディスクやアイドル情報雑誌を取り出す。その間に注文した料理が届いた。狭いツインルームの端っこに申し訳程度に設置されているソファセットに運んで、パーティーの用意は完璧。
「おつかれー」
「お疲れ様」
缶ジュースで乾杯をして、近くのファミレスから配達された料理を食べる。おれがヒロくんに頼んだピザとサラダ以外はヒロくんが色々注文してくれたみたい。ヒロくんが膝に皿を乗せて食べているオムライス以外は、どれでも食べていいと言われた。
部屋備え付けのテレビで、最近発売されたおれイチオシのライブ映像を流す。ESの先輩たちもたくさん登場するからヒロくんも勉強になるはずだ。
「藍良、こっちに来て」
ご飯を食べ終わると、ヒロくんがベッドに移動して隣に座るよう促された。おれはヒロくんのお望み通り、横に座って肩に甘えてあげる。ヒロくんが調子に乗って膝の間をぽんぽんしてきたので、おれはそのスペースにすっぽり座らせてもらった。というより、座らされた。途端に後ろからしっかり抱きしめられた。
「ヒロくん、テレビ見づらいよォ」
「ごめん。思っていたより、藍良が足りてなかったみたい」
そう言って腕の力を緩めてくれたけれど、自分で着せたパジャマがよほど気に入ったのか、時々頬ずりしたり、生地の上からおれの胸やお腹を撫でたりしてきてくすぐったい。
「ふわふわしてて、やわらかくて、幸せだ」
「それは良かったですねェ」
おれは背中でヒロくんの胸を押して、ヒロくんをソファ代わりにしてもたれる。時々いたずらされる以外はあったかくて快適だ。うっかり力が抜けちゃう。おれも結局好きなんだよね。こんなに求められたら、ついドキドキしてしまう。
おれが円盤鑑賞会をしたいのに付き合わせてるわけだし、これくらいは許してやろうと思う。
背中にぴったりくっついたヒロくんの体温が、じんわりとおれに馴染んでいく。同じ温度になると境目が分からない。
「藍良」
「んー?」
「ベッドふたつあるけど……一緒に寝てくれる?」
甘えるように絡んでくるヒロくんの両腕。耳のすぐ側でヒロくんの息遣いを感じてくすぐったい。
「それ、今更確認するゥ?」
思わず笑ったら、ヒロくんの抱き着く力が強くなった。嬉しそうな顔、してるんだろうなァ。
テレビで流しているライブ映像、気づいたら何曲か終わっちゃってた。
ヒロくん、今夜はしばらく放してくれなさそう。
おわり
今日の仕事はロケ。遠方での撮影だったから、おれとヒロくんは帰宅が遅くなることを言い訳にホテルを予約した。観光客用の安いツインルームだけれど、一晩ゆっくり過ごすには充分。
「疲れたねェ」
後ろで部屋の扉が閉まると静寂が広がった。おれたちがスリッパに履き替える音とキャリーケースを転がす音がうるさく聞こえるくらいだった。キャリーを広げるとすぐ歩きにくくなってしまうくらい狭い室内。歩き疲れたおれは、一旦全身を伸ばした。
「藍良、コートをかけられるよ」
「んーっ、ありがと」
伸びをしているおれの後ろから、スッとヒロくんの手が伸びてきて後ろからコートのボタンを外された。
おれは脱がされるまま、コートをヒロくんに手渡す。おれはクロゼットにしまわれるそれを見送って、二つあるベッドのうちの片方に思い切り寝ころんだ。リネンの匂いを隠さない控えめなせっけんの香り。ホテルのベッドの匂いだ。
ヒロくんがベッドサイドにあるランプの明かりをつけて、おれが転がっているベッドに勝手に上がってきた。
「ちょっと、ヒロくん」
マットレスを弾ませながらヒロくんがおれに覆い被さる。思わず身体を起こそうとしたけれど、間に合わなかった。背中にヒロくんの腕がするりと伸びてきて、おれを逃がさないように絡めとる。嬉しそうに笑って、おれの顔を覗き込んできた。サイドランプの明かりが、ヒロくんのいつもと違うピアスをきらりと強調する。この時を待ちわびていたと伝えてくる、熱を湛えた視線。
「久しぶりに二人きりだね」
「う、うん……」
目を逸らして頷いたら、キスをされた。それは軽く触れるだけですぐ離れて、もう一度深く口づけられる。いつの間にかヒロくんの手がシャツの裾を捲り上げて肌を撫でられた。
ヒロくんにつられて、息が荒くなる。ご飯もお風呂もまだ済ませていないのに、久しぶりに触れるヒロくんの体温が嬉しくて、そんなことは後回しにした。
肌にふれるヒロくんの熱が心地よくて、おれは目を閉じる。身体の芯がすでに、ヒロくんの熱を求めて甘く痺れ始めていた。
*
「藍良にプレゼントがあるんだけど」
お風呂を済ませ、部屋にあった出前のチラシを眺めていたら、ヒロくんがタオルを頭に被ったままキャリーの中を探り出す。持ち上げたそれを見せる前に、ちらりとこっちを見る。
「え? なに?」
急かすおれに手渡されたそれは、大きな白い袋に入っていてやわらかい。ゴールドの上品なリボンを解くのをヒロくんがじっと見つめている。中を確認すると、有名ブランドのパジャマが入っていた。淡いグリーンのふわふわの生地。フード付きでボタンで留めるタイプ。ショートパンツと上下セットで、胸のところにレモンの刺繍がついていた。
「かわいいパジャマ! ありがとう、ヒロくん」
ヒロくんの大好きなレモン柄なのはまあ、置いといて。形と色は気に入った。おれは早速パッケージを破ってパジャマを取り出す。生地の触り心地が良すぎて、思わず頬ずりをした。
「かわいい、気持ちいい~」
「せっかくだから、今夜それを着て欲しいんだけど」
「え?」
言われなくてもそうするつもりだったけれど、あえてヒロくんから言われると、なんとなく意地悪したくなる。
「なんで? これあるじゃん」
おれはさっき袖を通したばかりのナイトウェアの裾をつまむ。ホテルの部屋に最初から置いてある、浴衣のような形をしたそれは、今ヒロくんも身に着けている。
「そうだけど、その……今度こういう機会がいつあるか分からないし」
目を泳がせているヒロくんの顔が少し赤くなっている気がする。つまりヒロくんは、これを着たおれと今夜一緒に過ごしたいということだ。でないとこのタイミングで渡さないだろう。今日は誕生日でもなければ記念日でもない。
「そういうことなら、まあ……着てあげなくもない」
「よろしくお願いするよ」
ヒロくんはおれがかわいい服を着ていると喜ぶ。おれがヒロくんの好みそうな服を着て見せたことは何度かあるけれど、まさか自分から着て欲しいものをプレゼントしてくるとは思わなかった。
「分かった。着替えてくるから、出前頼んでおいて」
おれはヒロくんにチラシを渡して食べたいものを伝え、パジャマを持って風呂場に行く。別に今更、着替えを見せるのを恥ずかしがるような関係でもないんだけど、こういうのはちゃんと整えてからお披露目したい。
ヒロくんが贈ってくれたパジャマは、自分でいうのもアレだけどおれによく似合っていると思う。ヒロくんの見立てがいいのかたまたまなのか。おれの薄い肩や胸板が生地のおかげでふんわり丸くなった。だぼっとしたそれに比べてショートパンツはすっきり短く、生地の量が全然違う。上半身の肌の露出が少ない代わりに太ももから下はむき出しだ。
ふぅん、我ながらかわいいんじゃない。
ヒロくんが電話で出前の注文をしている声が聞こえる。おれはその声が止むのを待ってからドアを開け、居室に戻った。
「ヒロくん、着たよォ」
ベッドに腰掛けてスマホをいじっていたヒロくんが顔を上げる。おれと目が合って、その後すぐに全身を上から下まで眺められたのが分かった。ヒロくんが惚けたように笑う。
「かわいい。よく似合うよ、藍良」
「でしょォ! おれ、何着てもラブ〜くなっちゃうんだよねェ」
この服を選んだのはヒロくんだけど、ヒロくんが褒めてくれているのはおれ自身。その自信があったからおれはへへんと胸を張った。ヒロくんが目を細める。しばらく無言で見つめられた後、ヒロくんの喉が小さく動いて、息を吸う音が聞こえた。
「藍良」
おれの名前を呼ぶ声が甘い。見せつけるようにまっすぐ伸ばした身体を、そのまま迷いなく抱きしめられた。
「気に入ってくれたなら嬉しいよ」
「それはこっちの台詞でもある」
「ふふ、気に入ったよ。すごく」
生地の肌ざわりがいいから、抱きしめる方も、抱きしめられる方も気持ちがいい。これは新しい発見かも。
明日はオフだし、今日は夜更かししても大丈夫。おれはヒロくんと一緒に見ようと思って持ってきたライブ映像のディスクやアイドル情報雑誌を取り出す。その間に注文した料理が届いた。狭いツインルームの端っこに申し訳程度に設置されているソファセットに運んで、パーティーの用意は完璧。
「おつかれー」
「お疲れ様」
缶ジュースで乾杯をして、近くのファミレスから配達された料理を食べる。おれがヒロくんに頼んだピザとサラダ以外はヒロくんが色々注文してくれたみたい。ヒロくんが膝に皿を乗せて食べているオムライス以外は、どれでも食べていいと言われた。
部屋備え付けのテレビで、最近発売されたおれイチオシのライブ映像を流す。ESの先輩たちもたくさん登場するからヒロくんも勉強になるはずだ。
「藍良、こっちに来て」
ご飯を食べ終わると、ヒロくんがベッドに移動して隣に座るよう促された。おれはヒロくんのお望み通り、横に座って肩に甘えてあげる。ヒロくんが調子に乗って膝の間をぽんぽんしてきたので、おれはそのスペースにすっぽり座らせてもらった。というより、座らされた。途端に後ろからしっかり抱きしめられた。
「ヒロくん、テレビ見づらいよォ」
「ごめん。思っていたより、藍良が足りてなかったみたい」
そう言って腕の力を緩めてくれたけれど、自分で着せたパジャマがよほど気に入ったのか、時々頬ずりしたり、生地の上からおれの胸やお腹を撫でたりしてきてくすぐったい。
「ふわふわしてて、やわらかくて、幸せだ」
「それは良かったですねェ」
おれは背中でヒロくんの胸を押して、ヒロくんをソファ代わりにしてもたれる。時々いたずらされる以外はあったかくて快適だ。うっかり力が抜けちゃう。おれも結局好きなんだよね。こんなに求められたら、ついドキドキしてしまう。
おれが円盤鑑賞会をしたいのに付き合わせてるわけだし、これくらいは許してやろうと思う。
背中にぴったりくっついたヒロくんの体温が、じんわりとおれに馴染んでいく。同じ温度になると境目が分からない。
「藍良」
「んー?」
「ベッドふたつあるけど……一緒に寝てくれる?」
甘えるように絡んでくるヒロくんの両腕。耳のすぐ側でヒロくんの息遣いを感じてくすぐったい。
「それ、今更確認するゥ?」
思わず笑ったら、ヒロくんの抱き着く力が強くなった。嬉しそうな顔、してるんだろうなァ。
テレビで流しているライブ映像、気づいたら何曲か終わっちゃってた。
ヒロくん、今夜はしばらく放してくれなさそう。
おわり