第3話
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ユーリは皆と別れたあと、すぐさま自室に向かった。
その移動中、昨日からの事が頭の中をぐるぐると駆け回っていた。
『ユー…っ!!』
必死に手を伸ばして助けを求めていたルーの姿。
その後意識を取り戻したルーからの言葉。
思わず自分の手をぎりりと強く握りしめる。
なぜ傍にいなかったのか。
なぜもっと早く気づかなかったのか。
なぜ助けられなかったのか。
なぜという気持ちと、自分自身への苛立ちに駆られ、ユーリの心は荒波のように荒れていた。
そして何より…。
『ど、どうしよう…、また、俺…、皆に…っ』
完全に取り乱していたルーの姿が鮮明によみがえり、奥歯をぎりっと強く噛みしめる。
過去を恨んでも、過去に嘆いても仕方がないことくらいわかっている。
わかっているのに。
そんなことを考えている内に自室の前にいた。
ユーリは軽く頭を振り、小さく息を吐くと軽くドアをノックし、中に入る。
部屋に入るとルーがベッドにちょこんと腰を掛けているのが見え、すぐにルーと目があった。
「どうした?寝ててよかったんだぞ」
あれだけいろいろとあったのだから、疲れていても全くおかしくない。
ユーリとしては少しでも休ませたいと思い、先ほどのライマとの話し合いの前にルーを自室に案内し、部屋の説明と休んでていいと伝えていた。
ユーリの問いかけに、ルーはえっとと僅かに目を彷徨わせる。
「な、なんか、ちょっと落ち着かなくて…」
「まぁ、そりゃあそうか」
ルーの表情には疲労が見えるが、それよりも“初めてきた場所”で休むのは難しかったのだろう。記憶の状態があの時で止まっているなら猶更だ。
ただ、ユーリは顔に出さないようにしていたが、内心は少し痛みを感じていた。
この部屋は、ルーとユーリの自室で、日々愛を育んできた、お互いが心落ち着かせられる場所だったから。
…らしくねぇな。
いつからそんなに女々しくなったのかと溜息が出そうになる。
それだけ、ルーはユーリにとって特別な存在なのだと再認識する。
ユーリはルーの前に来るようにベッドに腰かける。
ルーはその間もソワソワとした様子でユーリを見たり、部屋を見渡していた。
それでも先ほどルークとガイに会った時よりも落ち着いているようで、ほっと胸をなでおろす。
「…ん?どうした、それ」
ルーが両手で何かを包みこみ、それを弄る様にもぞもぞと動かしているのが目に入った。
不思議に思ったユーリの問いに、ルーはぴくりと反応し、あ…と小さく呟くとそろそろと両手を開く。
そこにあったのは、チェーンのついたユーリがルーに贈った指輪だった。
ユーリはそれに思わず数回瞬きし、ルーを見ればルーはその指輪をじっと見つめていた。
「これが首にかけられてることに、さっき気づいたんだ。」
ぽつりとこぼしながら、手のひらでコロコロと転がす。
時折光を浴び、きらりと光るそれに、ルーは小さく笑う。
「…これが何なのかはわからないんだけど…でも、なんか心が落ち着くっつーか…俺にとってすげー大切な物のような気がして。」
まるで愛おしいものに触れるかのように、指輪を優しく撫でながら思いを口にするルーに、ユーリは一瞬息を止めた。
いつも肌身離さずにそれを身に着けていたことは知っていた。
けれど、記憶を失ったはずの今でも同じようにそれにやさしい目を向けるルーに、こみ上げてくるものがあった。
そして確信する。
やはり、ルーはルーなのだと。
しんと静かになる中、ルーはそろそろとユーリの方に顔を向ける。
「…これ、俺が持っててもいいのかな…?」
「ああ、それはお前のだからな」
そう答えたユーリはとても嬉しそうに笑みを浮かべていて、ルーはドキンと胸が高鳴った。
熱が顔に集まってくるのを感じ、咄嗟に手で顔を隠す。
胸の奥がつきりと鈍く痛む。何故だろうと考えるが、答えは出なかった。
ルーは改めて手のひらで綺麗に輝く指輪を見つめ、大切そうに握り込むと祈るように目を閉じ、自分の胸に押し当てた。
その様子をユーリは頬杖をつきながら見守っていると、ふと顔を上げたルーがハタと固まるのが見えた。
「…あ、れ…??」
「ん?どうした」
「あ、えっと…その…それ…」
ルーは目を真ん丸にしながら、ユーリの左手の薬指を見る。
そしてそれと自分の手元を何度も交互に見る。
「お、同じもの…?」
パチパチと目を瞬かせ首を傾げるルーに、ユーリは思わず笑みを深めた。
「ああ。これは結婚指輪だからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・ん?」
ユーリのさらりとした発言にルーは処理しきれないのか時が止まったように固まる。
今何と言ったのだろうか。
聞き間違えかとルーが改めてユーリに尋ねるように見ると、ユーリは笑顔ではっきりと言った。
「俺とお前のそれはペアリング。お前は俺の嫁だからな」
「!!!!!!!!!!!??????」
ド直球で爆弾を投げつけてきたユーリに、ルーは大きい目をこれでもかと見開き、あんぐりと大きく口を開ける。
衝撃が大きすぎて完全に思考が止まってしまったルーに、ユーリは不敵な笑みを浮かべながら宣言した。
「記憶がなくなっても、変わらねぇし、変えるつもりもねぇ。引き続きよろしくな」
異論は認めないと言わんばかりに言い切ったいい笑顔のユーリを、ルーはただただ見つめていた。
続く
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