第3話
「!ひっ!!!」
「!」
切羽詰まったような小さな悲鳴が聞こえ、そちらの方をみると、ルーが真っ青な顔で、体をカタカタと震わせた状態でルークを見ていた。
普段は真っ直ぐ綺麗な翡翠色の瞳も今は恐怖の色を帯び、まるで化け物にでもあったかのような様子を向けられ、ルークは一時停止してしまった。
初めて会った時から今まで一度もそんな目で見られたことがない。
どんな我儘を言っても、呆れられてもおかしくないことをしたときでも、そんな嫌悪感をルーからぶつけられたことのないルークにとって、それは目を疑う光景で、理解することができないものだった。
一体何が起きている…?
「おい、ルーク!」
完全に頭が真っ白になって固まっていると、背後からガイの声が聞こえた。
突然駆け出した自分を追いかけてきたようだ。
だが、今はそれどころではなかった。
ガイの声が聞こえた瞬間、ルーは目に見えて体をビクッと震わせたのだ。
そして更にガイの姿を見せるなり、更に怯えた表情を見せ、目をあちこちに泳がせた。
「?ルー?」
ガイもすぐにルーの異常に気付き声をかけた。
だが、ルーはビクッと体を震わせ、俯きがちに「あ、その…っ、」と消え入りそうな声で言葉を探していて、どう見てもガイに怯えていた。
それにショックを受けたガイが言葉を失っていると、すっと二人の間にユーリが入ってきた。
「…事情は後で話す。」
だから今は退けとユーリが目で告げる。その目は真剣そのもので異論は受け付けないと語っていた。ガイはぎこちなく頷き、ルークの腕を引きながらその場を後にした。
「「・・・・・・・」」
その後、二人は食堂の席につきつつも食事をする気にもなれず、暫し呆然としていた。その様子を見たギルドの面々が心配して何があったのかと声をかけてきたが、それにどう答えればいいのか分からなかった。
それだけ、ショックだったのだ。
その後、ライマの面々はアンジュ達に呼ばれ、集まった。
アッシュやティア達は俯き無言のまま沈み切っているルークとガイを心配そうに見る。
ここまで落ち込んでいる二人を見るのは初めてのような気もする。
恐らく今自分たちが呼び出されていることにつながるのだろうと予測する。
ライマの面々は改めてアンジュ達の方を見る。
この場にいるのは、アンジュの他にリフィル、リタ、ユーリの3人で神妙な面持ちをしていた。
そして徐に口を開いたのはユーリで、冒頭に至る。
あまりに衝撃的な話に、ライマの面々は言葉が見つからない。
けれど、なぜ自分達が呼び出されたのか嫌というほど理解した。
「…ルーの話をまとめれば、今のルーはオールドラントでのアグゼリュスの崩壊直後…仲間から一度見放されたばかりの頃の状態だ。」
ユーリが重々しく口にしたことに、その場の空気が沈む。
ローレライを通してその事件のことは知ってはいるが、それは自分達が関係したものではない。
オールドラントという別世界にいるもう一人の自分たちだ。
けれど、例えそれが事実であっても、今のルーにとって自分達は何ら変わらない。
ルーの心の深いところまで傷を負わせた、彼らと。
静まり返る空気の中、リフィルは口に手を当てながら口を開く。
「…なぜ、ルーの記憶がなくなってしまったのか…。可能性として考えられるものがひとつだけあるの」
「!え!なになに!!?」
アニスはバッと顔を上げ、飛びつくように詰め寄る。
記憶がなくなった原因がわかれば、記憶を取り戻すことができる可能性が高くなる。
今のアニスを始め、ライマの面々からしたらそれは喉から手が出るほど欲しい情報だ。
皆ルーの事が大好きなのだから。
「それはこれよ」
リフィルが懐から取り出したのは、手帳サイズの古びたワイン色の本。
だがその本には鎖がまとわりつくように括られていた。
「え、本??」
「そう見えるわね。…ただこの鎖を外すことができないから、これが一体何なのかはわからないわ。…けれど、ルーが記憶を失った直後、そのすぐ足元にあって、光っていたらしいの」
「…確かにそれが原因の一つである可能性は高いですね。少し拝見しても良いでしょうか」
ジェイドの申し出にリフィルは頷き本を手渡す。
ジェイドはその本を手にまじまじと見つめ、その鎖を触れた。
「…確かに何か呪いのようなものがかけられていますね、単純な力では解くことができないようです」
ふむと顎に手を当てながら考え込む。すると今度はリタが口を開く。
「それが一体何なのか、これから調べにいってくるわ。」
「この本があった屋敷に、でしょうか」
ジェイドの問いにリタは強く頷く。
確かにこの本があった場所が一番怪しい場所で何かの糸口をつかめる可能性が高い場所だ。
「では私も行こう」
そう言いながら前に出てきたのはヴァンだった。
「恐らく…今、一番彼の前に近づくのを避けるべきであろう。それに私は古代文字も読める。…何か手伝うことができるはずだ」
「…そうね、確かにその方がいいかもしれないわ」
リフィルは神妙な面持ちで頷き、同意する。そしてそれはその場にいるみんなも同じだった。
ヴァンの存在は、今のルーには刺激が強すぎる。
「ルーには、ルー自身が記憶を失っていることを話してあるわ。ここはオールドラントではない世界であることも、あなた達の事も。だから変に距離を取る必要はない…けれど、このことを知っておいて欲しかったの。」
アンジュはライマの面々一人一人の顔を見ながらそう伝えれば、皆ゆっくりと頷いた。
記憶を取り戻すことができるのかも、それがいつになるのかも不透明の中、同じ場所で暮らすのだ。
ルーの為だと姿を見せないようにするよりも、ルーの為にもこれまでのような距離感が必要だ。ルーに信頼してもらうためにも。
それに現状を知っていれば、何かあったときにも対処ができると前向きに考えることにした。