第2話
廃墟の中に入り、リタが魔法で手元を明るくするとそこは屋敷の広間の様で、吹き抜けの階段が目に入る。
外観は大分朽ちている印象を受けたが、中は多少埃っぽいものの意外にもしっかりとした印象だ。
床は一面に赤の絨毯が敷かれており、廊下や広間などの各所には質の良さそうな調度品が置かれていた。
人の気配はしないが、元々は有力な貴族が住んでいたであろう雰囲気がある。
ルーは近くの窓から外を見ると、雨は土砂降りの状態になっていた。
「間一髪だったな」
「うん」
あの場にいたら今頃えらい目にあっていたことは想像し易く、危ない所だったと安堵の息を吐く。
ルーが外に釘付けになっている中、リフィルは難しい顔をして考えていた。
「…それにしても、先程の現象は一体なんだったのかしら」
「あの花のこと?」
「ええ、…なぜか妙な胸騒ぎがするのよ。この雨が止んだら、クエストは中断して一度戻りましょう」
リフィルの真剣な表情に、リタも神妙な面持ちで同意する。
その後、ルー達は落ち着ける場所がないか、幾つかの部屋を見て回った。
だが所々雨漏りがあったり、壊れた家具が散乱しており、長い年月を物語るように埃が積もっている部屋ばかり。
先頭を歩いていたリタは、はぁっと落胆する。
「ここもダメね。これならまだホールの方がいいわ」
「そうだな…ん?どうした?」
「あ、なんかここだけ扉の形が違うなーって思ってさ」
ルーが不思議そうに指差した先を見ると、確かにその扉だけ他の作りと違っていた。
周囲の扉に比べて凝った装飾で、ドアノブには宝石の様な石が埋め込まれていた。
「こ、これはっ!!!」
「ん?」
突然の大きな声に、ルーは声の方をみるとそこには目をギラギラと輝かせたリフィルがいた。
「こ、これは間違いない!遥か昔になくなったとされる魔力を宿した石ではないかっ!!」
何かのスイッチが入ったリフィルは興奮した様子でその石をいろんな角度から舐めるように見始めた。
「しかもこの扉に掘られた装飾はもしかすると…」
「えっと…」
「まさかこの建物は!!こうしてはいられない!!確かめなければ!!」
完全に自分の世界へとハマってしまったリフィルはその勢いのまま扉を開け、中に飛び込む。すると、また再びリフィルの雄叫びのような感嘆とした声が響く。
豹変してしまったリフィルに、ルー達は思わず顔を見合わせ、ため息をつく。
こうなってしまってはリフィルが落ち着くのを待つしかない。
ルー達も中に入ると、そこは広間のように天井が高く広い。そしてその空間に負けないほど巨大な本棚が備え付けられ、棚には本がびっしりと詰まっており、さながら大きな図書館のような部屋だった。
「すげー…エステルがいたらすげー喜びそうだな」
ここにはいない本が大好きなエステルがいたらさぞや喜ぶだろう。
ルーがそんなことを考えていると、リタは徐に本を手に取り中身を見ると途端驚いた表情を見せる。
「これ、古代文字だけど、魔法の本よ!」
「古代文字?」
「どこかの文献で見た事があるの。まさかこんなところにあるなんて…!」
珍しく感動した様子のリタはパラパラと中を見るなり、何やらぶつぶつと独り言呟きながら本に没頭していく。
リフィルに至ってはテンションが上がりすぎて近寄れない空気しかない。
「えっと、これはなんつーか…よかった…のかな?」
「どのみち雨が上がるまではどうにもなんねえからな、そういうことにしとけ」
本に興味がないユーリは部屋を軽く見渡す。
「ここは雨漏りしてねぇようだし、しばらく休んでいくか」
「うん」
ようやく落ち着けそうな場所に行き着き、ホッとする。
聞こえてくる雨音は相変わらずザーザーと音を立てており、暫くはここで過ごすことになりそうだ。
ユーリは近くにある椅子に腰掛け、ふぁっと欠伸をする。
よくよく考えれば今は深夜の時間。ルーふと眠気を覚えたが、すぐに首をブンブンとふる。
実は以前同じように深夜のクエストを受けたとき途中に眠くなって軽く仮眠を…と寝たが最後、本気で寝こけてしまい、ユーリにおんぶされて帰還するという物凄く恥ずかしい出来事を経験している。
もうあの二の舞は踏みたくない。
ルーは眠気を断ち切るためにと部屋の中の散策を始めた。
改めて部屋を見渡すが、視界に入ってくるもの入ってくるもの本だらけ。
一体どれだけ本があるのだろうか。
試しに近くの本を手に取ってみるが、見たこともない文字が連なっているだけで、残念ながら読めそうにない。
とりあえず元に場所に戻し、再びふらふらと歩き回る。
仄かに灯りの灯る部屋は不思議と気分が落ち着く。
この屋敷に入る前は外観と雰囲気から恐怖しかなかったのに。
ここまで気持ちが安定しているのは、思った以上お化け屋敷っぽくなかったこともあるが、それ以上にユーリ達の存在が大きい。
雨音の音が微かに聞こえる静寂。
こういう時、普段考えない事が脳裏を過ぎる。
この世界に来る前に、向こうのティアに指摘されたこともあり、もし…とか、ああいていれば…とかなるべく考えないようにしていた。
それでも時折ふと考えてしまう。
もし…みんなと、ユーリと、もっと早く出会えていたら…
――――見つけた
「ん?」
ルーは周囲をキョロキョロと見渡す。
今声がしてような…。
そう思うと体がブルリと震える。
いやいやいやいや!!気のせい!気のせいだ!!
リタが灯りをつけてくれているため、部屋は大分明るいし、何より近くにはユーリもいる。
大丈夫、怖くない…!
ブンブンと首を振り、必死に自分へ言い聞かせていると、ふと本棚の一部がキラリと光るのが視界に入った。
「…?何だ?」
不思議に思い、その光るものを手に取ると、それは手帳ほどの大きさの古びたワイン色の本で、なぜかその本には細めの鎖でぐるりと括られており、それをとめるように綺麗な細工が施された鍵がついていた。
恐らくこの鍵のような物が光に反射したのだろう。
それにしても…
「何で鎖??」
本自体の印象と巻き付いている鎖はどう見てもアンマッチで、デザインとかセンスに疎いルーでも流石に首を傾げる。
ただ、何とも言えない存在感を放つそれに、一体何の本なんだろうと自然に興味が湧いた。
ルーは無意識にその鍵の部分に手を伸ばす。
そして、それに触れた直後、突如目を開けていられないほどの閃光を放ち始める。
「!?」
ルーは驚き、すぐにそれから手を離そうとした。が、
っ!!?離れない!!!
自分の意志とは関係なくその本を握りしめたまま離れない。全く言うことの聞かない手にルーは益々焦り始めた。
すると、かちりと無機質な音がしたと同時に鍵が解かれ、鎖が落ちるとその本は勝手に開かれる。
訳も分からずその光景を見ていると、今度はひどい頭痛に見舞われた。
「っ…!なんで…っ」
あまりの激痛に、立っていることも出来ず、近くの本棚に体をぶつけながらその場に蹲る。
本棚からは大きな音を立てて多数の本が散らばるが、それよりも頭の中に黒い靄のようなものが何かを取り込もうとする感覚にひどく混乱した。
それに追い打ちをかけるようにふと目に入ってきた光景に衝撃を受ける。
手元にあった本がパラパラと開かれ、真っ白なページに何かの文字が猛烈な速さで書き込まれていく。
「ルー!!」
自分を呼ぶ声にハッと我に返り、反射的にそちらの方を見ると、異変に気付いたユーリがこちらに向かって駆け寄ってくるのが見える。
「ユー…っ!!」
ルーはユーリに必死に手を伸ばしたが、次の瞬間ルーは糸が切れたようにその場に倒れた。
「ルーっ!!」
ユーリはその場にしゃがみ倒れたルーの肩を抱くように体を支えるが、ルーに意識はなくぐったりとしており、血の気が引いていく感覚を覚えた。
「ルー!しっかりしろ!!」
「……ん…」
必死に声をかけ続けていると、ルーのぴくりと指先が動き、僅かに身じろぐと固く閉じられていた瞼が開かれた。
その事に少しばかり安堵したユーリは小さく息をつく。
「大丈夫か…?」
「あ、う、ん…」
ルーは片手で額を抑えながら身を起こす。
暫しぼんやりとした様子を見せていたが、徐々に意識がはっきりしてきたのか、周囲を恐る恐る見渡す。だが、その様子にユーリは違和感を感じた。
普段のルーであれば、呼びかけに返事をする…もしくは自分の名前を口にするはずなのだ。
「ルー?」
不審に思い声をかけるとルーはユーリの方に顔を向けたが、不思議そうに首を傾げる。
「ルー…?えっと……」
「…?どうした」
「あ、えっと、その…俺の名前は、ルーク、なんだけど…」
おずおずと言った様子で返ってきた言葉に、ユーリは言葉を詰まらせる。
確かにルーは”ルーク”だ。けど、”ルー”という名前はルー自身も気に入っていて、自ら名乗っていた。
先ほど感じた違和感が徐々に現実味を帯び始める。
その中、ルーは何かを思い出したようにハッとした様子で、改めて周囲をきょろきょろと見渡す。
「…こ、こは…?どこだ…?さっきまで、ティアの家にいたはずなのに…」
「…ティア…?」
「ど、どうしよう…、また、俺…、皆に…っ」
ルーは両手で頭を抱え、今にも泣き出しそうな程悲痛な表情を浮かべる。
その表情は以前に一度だけ見たことがある。
ルーが、この世界にきて初めてこの世界のヴァンと鉢合わせした時だ。
あの時過呼吸を起こすくらいパニック状態に陥っていた。このままではまずいとユーリはすぐにルーの手を取り引き寄せると力強く抱きしめた。
「落ち着け」
「!!あ、ご、ごめん…」
ハッと我に返ったルーは徐々に落ち着きを取り戻したが、代わりに困惑とどこか怯えが見える。
ユーリは力を弱め、その様子をじっと見ていると、ルーは居心地悪そうに目を彷徨わせたが、意を決したように恐る恐る口を開く。
「あ、あの、…あなたは……誰、ですか?」
ユーリは衝撃のあまり言葉を失い、頭の中が真っ白になる。
そんなユーリを前に困惑するルーの足元には、鈍い光を帯びた鎖が巻かれた本が落ちていた。
続く